セカイ系ってなに?


 ところで、ここで野尻センセーがおっしゃっておられる「セカイ系」とは、そもそもどんな作品のことを指しているのか? 文脈上は明らかにエンジェルビーツのことを指しているが、エンジェルビーツだけじゃなくほかの作品のことも言いたいからこそ「エンジェルビーツ」じゃなく「セカイ系」という言葉を使ったのだろうし。
 私の中で漠然と「これがセカイ系かな」という定義はあったのだけど、いい機会だから改めて調べて見て驚いた。ウィキペディア先生はこう言っている。


定義① 「一人語りの激しい」「たかだか語り手自身の了見を「世界」という誇大な言葉で表したがる傾向」がその特徴


定義② 『新世紀エヴァンゲリオン』の影響を受け、90年代後半からゼロ年代に作られた、巨大ロボットや戦闘美少女、探偵など、オタク文化と親和性の高い要素やジャンルコードを作中に導入したうえで、若者(特に男性)の自意識を描写する作品群


定義③ 「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群


定義④ 自意識過剰な主人公が、世界や社会のイメージをもてないまま思弁的かつ直感的に『世界の果て』とつながってしまうような想像力で成立している作品


定義⑤ セカイ系作品においては、世界の命運は主にヒロインの少女に担わされる。「戦闘を宿命化された少女(戦闘美少女)と、それを傍観するしかない無力な少年」というキャラクター配置もセカイ系に共通する構図


定義⑥ 『学園ラブコメ』と『巨大ロボットSF』の安易(ゆえに強力)な合体であって、つまり『アニメ=ゲーム』の二大人気ジャンルを組み合わせて思い切り純度を上げたようなものである


定義⑦ 極小化された「きみとぼく」の純愛世界と誇大妄想的な「世界の危機」がシンクロして物語が進行する奇妙さがセカイ系の特徴


定義⑧ 少年が戦闘せずにそれを少女に代行させ、その少女から愛されて最後には少女を失うという筋書き


定義⑨ 「世界をコントロールしようという意志」と「成長という観念への拒絶の意志」という二つの根幹概念をもつ作品群


定義⑩ サブカルチャーのチープさをまといつつ、トラウマや癒しをテーマにした作品


 定義が曖昧なまま、とウィキペディア先生は言ってるけど、これは曖昧ってレベルじゃないだろう。しかも代表作として挙げられているのはエヴァンゲリオンイリヤの空ほしのこえブギーポップ最終兵器彼女ときたもんだ。まず、定義①と④、⑨、⑩は表現が抽象的すぎて具体的に検証しづらいので置いておく。だけど、3つとも「それってセカイ系作品に限らないんじゃ?」とは思う。
 

ブギーポップは笑わない
 ほとんど全ての定義に該当しない。これホントにセカイ系なの? 戦闘美少女って誰だ。霧間凪? まさかブギーポップのことか? 主人公の少年って誰のこと? そもそもこの作品、主人公なんていないだろう。そして口を酸っぱくして何度も言わせてもらうが、この作品で世界を救ったのは凪でもブギーポップでもない、紙木城直子であり、戦闘力はないし戦ってもいない。社会というものを(あまり)描写していない、という条件には合致するかもしれない。基本的に「統和機構」以外の組織はあまり出てこないし。でも「歪曲王」とかだと企業の描写も多いけど。巨大ロボットもない、探偵なんてほとんど出てこない(スケアクロウくらいか)。そして何よりこの作品、恋愛要素がほとんどない。世界の危機は出てくるけどね。


新世紀エヴァンゲリオン
 セカイ系の代表であり嚆矢であると思われるエヴァですら合致しない定義がいっぱいある。シンジは無力な少年じゃない(初号機のパイロットだぞ!)し、戦闘美少女に戦いを代行させてもいない。社会を描写してないって言われるけど、NERVとかゼーレは外の社会じゃないのか? この作品、実は14歳の少年少女より大人の登場人物の方が多いし、学校を描写するシーンよりNERV本部を描写するシーンの方が長い。しかもチルドレンが映らないシーンなんて山ほどある。


ほしのこえ
 まず、主人公の少年は最後に宇宙艦隊勤務になるほどの努力家で、無力でも自意識過剰でもない。さらに、ヒロインはどこか星の彼方で戦っているというだけで世界の危機とは関係ない(小説版とかでそういう描写があったのなら勘弁を。最初の作品しかみてないんで)。学園ラブコメでもなければ巨大ロボットSFものでもない。


最終兵器彼女
 実は、私の中ではセカイ系と言えばこの作品(と「雲の向こう約束の場所」)だった。ただ、戦闘美少女っていう以外にジャンルコードに親和性の高いガジェットは見当たらない。


イリヤの空、UFOの夏
 上に挙がっている条件に一番合致するのはこの作品かなぁ。それでも外の社会の代表として自衛隊アメリカ軍、榎本や椎名は登場する。エヴァンゲリオンは「謎の組織が作り上げた謎のロボット」だけど、イリヤに登場するブラックマンタはスカンクワークス、ファントムワークスと呼ばれる実在の組織(ロッキード社の兵器開発部門のこと)が製作に関わっていると明記されており、国家や社会やそれに関わる人々がほとんど描写されない、なんてことはない。


 定義が曖昧、という意味ではSFやファンタジーも定義は必ずしもはっきりしない。しかし、SFやファンタジーセカイ系という言葉の最大の違いは「その言葉に含まれた裏のニュアンス」にあると思う。SF作家、ファンタジー作家を自称する人がいても、セカイ系とされる作品の作者たちが自らをセカイ系作家と名乗ることがほとんどないのがその証左だ。


 「セカイ系」とは、それを定義し分析しようという一部の人たちを除き、一種の蔑称になっているのだ。


 それは、ウィキペディア久美沙織氏その他の発言からもわかる。つまりある作品をセカイ系と呼ぶということは「お前の作品には描写(もしくは考察)が足りない/展開がご都合主義すぎるetc」というニュアンスが少なからず含まれるのだ。