アンソロジーの憂鬱

 FF11を題材にしたアンソロジーコミックは、サービス開始当初は「FF11というゲームの紹介」という役割を持ったものが多かった。主な対象は「FF11に興味はあるが、まだプレイしたことのない読者」だった。
 そして、サービス開始からしばらくしてPS2BBユニットの在庫不足も解消され、PC版が発売される頃には「作者自身のキャラクターを主人公にした、周囲の友人たちも含めた実録エッセイマンガ」あるいはその延長線上にある「実在の人物をモデルにした創作マンガ」が多くなってくる。対象となる読者は当然、FF11をプレイしているプレイヤーたちだっただろう。
「ああ、あるよねこういうこと」「えー、そんなことするひとがいるんだ」
 そんな感想を持つ人も多かったはずだ。


 それがサービス開始から5年以上経過してから、傾向が変わってきた。作者自身のキャラクターを使うのではなく、「ヴァナディールで生きる架空の冒険者」を設定し、その冒険を描くことが多くなってきたのだ。


 前者の例が寒苦鳥さんの「GO! GO! ヴァナディール」で、後者の例が前回挙げたおおつきべるのさんの「アトルガンへ行こう!」だ。



 「GO! GO! ヴァナディール」の場合、サーバこそ明らかにしていないが、物語の主人公は作者の寒苦鳥さんのキャラであり、他の登場人物にも実在のモデルがいることが明言されている(エピソードそのものはかなり創作の部分が多い)。以前の寒苦鳥さんののサイトには、自身のキャラクターの名前まではっきりと書かれていた。
 対しておおつきべるのさんの場合、自己紹介文にある自キャラは作中に一切登場しないし、後書きを読む限り(実体験を元にしていることはあるかもしれないが)実話を元には書いていない。


 寒苦鳥さんとおおつきべるのさんは自分のスタイルを最初からあまり変えていない作者さんであるが、執筆のスタイルを途中で変えた作家さんはもっと多い。
 中でも、当初はエッセイマンガをメインとするスタイルだったのが、後に架空の冒険者の物語を描くことへと比重を移したのが、例えば先日紹介した「フェイタル・コネクション」の小林こたろさんだ。「おかえり」のうずさん、そして「祈りの風」の沙月ゆうさんや高広さんなど、同じような選択をした人は少なくない。もっとも沙月さんは小説のコミカライズなので正確には「FF11マンガを描くスタイルを変えた」のには当てはまらないかもしれない(でも、かなり後になってから描かれたエル爺ナイト&ヒュム魔導師とタル魔導師の珍道中などは明らかに自キャラをメインとする実録エッセイではない)。


 では、FF11マンガの傾向が変わってきた理由は──これは私の推測であり、前述の作家さんたちが必ずしもそういった状況にあると断定するものではなく、あくまでも一般論なのでお間違えなきよう──実録マンガを描くのがサービススタート当初より難しい状況になってきたからではないかと思う。
 FF11のサービスがスタートしてから8年。実在のキャラクターの画面の向こうには、必ず生身のプレイヤーがいる。そのプレイヤーの状況は、8年も経てば大きく変わるだろう。やめてしまう人もいるだろうし、あるいは新たにやってくる人もいる。別の世界に旅立つ人も、別の世界からやってくる人もいる。その状況の変化と、作家の頭の中に思い描くストーリーが齟齬を起こすこともあるだろう。実録マンガを正直に描けば、やめた、消えた、喧嘩したなどという触れたくない事実にも触れなくては不自然な状況が起こりうる。例えば、前回まで主役級だった人がある時忽然と姿を消せば、その理由を説明しないわけにはいかない。しかし、それはエンターテイメントとしてはよろしくないのだ。
 また、必ずしもそういった大きな状況の変化が起きずとも、実在の人物をモデルにすることが好ましくない場合がある。それは、作者とその周囲のキャラクターが特定されることで、他の一般プレイヤーの注目を浴び、ヴァナディールでの活動に支障が出る場合だ。
 アンソロジーコミックの作者は有名人であり、そういう人物に対して迷惑を考えず不愉快な行動をする人間は存在する。(*1)作者自身はともかくとしても、他のプレイヤーはFF11というゲームを、対価を払って楽しむ一般人なのだ。芸能人のゴシップとは訳が違う。
 

 そういった様々な影響を避けるため、アンソロジーコミックの多くが架空の冒険者の架空の物語へと変質していったのも、サービスの長いFF11というオンラインゲームにとって、ある意味で必然なのかもしれない。


(*1)アンソロジーコミックの作者ではないが、かつて有名プレイヤーに対して他のプレイヤーが妨害行為を働いたことが、多くのプレイヤーを巻き込んだ泥沼の争いに発展したことがある。私は双方の主張のどちらかが正しいと標榜する立場ではないし、関係者が残っている可能性もあるのでリンクは張らない。が、興味のある方は「にこにこ団」という言葉でググっていただければ、当時どのようなことが起きたかお分かりいただけると思う。