黒船はなぜやってくるか

「こんなの論外だ!」アマゾンの契約書に激怒する出版社員 国内130社に電子書籍化を迫る


 私は基本的に電子書籍推進派だ。理由は家に本を置ききれる場所がないから。でも、それは媒体が紙から電子になることを希望しているだけだ。私は著作物に対して金銭を支払っているんであって、前に同じものに対して何度もお金を払うのは納得行かないと言ったのと同じ理由で、媒体が変わるから高くしろ安くしろという気は毛頭ないし、出版社に潰れろという気もない。


Amazon「全書籍を電子化しろ。売上の半分以上を渡せ。紙書籍より安く売れ」 → 出版会社大激怒


 2chのまとめサイトに腹を立ててもしょうがないが……出版社は潰れろとか言ってる人は同人誌と商業出版物を読み比べたことがないんだろうか? 出版社が潰れるってことは、全ての出版物が同人誌と同じレベルになることを意味する。漫画家主導でやります! と勢い込んで作った漫画雑誌が潰れたりしてる例が、もう実際にあるのに*1。今、日本の出版物は良くも悪くも、編集者という作者以外の第三者の視点を介することでクォリティが保たれている側面がある(某漫画家は顔を真っ赤にして反論するだろうが)。
 これも、もう前にも書いたかもしれないけれど、私はアマゾンの黒船来襲を必ずしも望んでいない。なぜなら、音楽がオンライン販売になる時に「CDをもっと安くしないとオンライン販売にやられてiTunesにみんな取られてしまうぞ」と危機感を煽っていた人たちがいたけれど、実際はそうはならなかったからだ。
 実際はどうなったか? iTunesを通じて音楽が昔より広まるどころか、J−POPそのものが存亡の危機に立たされている。
 このままだと、書籍も同じ道を辿る可能性がある。アマゾンが日本の販路を支配して安く電子書籍を売る未来が来るのではなく、出版社と同時に、あるいはそれよりも先に作家や漫画家がいなくなり、書籍そのものが消えてなくなってしまう。重要なことは、もしそういう事態を招いたとしても、アマゾンは何も困らないということだ。他のもので、あるいは他の国で儲ければいいだけだ。彼らは新人作家を育てたり、漫画家にアドバイスをしたり、アイデアを助言したりは決してしない。その場所が焼畑になれば、ただ去るだけのことだ。ごく一部の作家や漫画家は、編集者などいなくてもいいと気炎を吐くが、それ以外の多くの作家や漫画家にとって、出版社や編集者は必要な存在なのだ。
 出版社が消えて困るのは誰か。日本語の本を読みたい日本人こそが困るのだ。消費者のことを考えていない出版社は潰れろ、なくなれと呪詛を吐いた人たちこそが、読むべき本がなくなって途方に暮れる。そして、そうなってからでは全てが手遅れだ。いったん消えてなくなった文化を蘇らせるのは非常に困難だからだ。
 ご存知の方もいるかもしれないが(そしてこういう掲示板などでなぜもっと取り上げられないのか不思議なのだが)、欧米のペーパーバックに比べて日本の文庫本は安い。海外より高いとされるものが多い日本において、平均的に見れば書籍だけは欧米よりも日本の方が安いのだ*2。こと電子書籍化に絡むと悪役にされがちだけど、私はマスコミ業界だのゲーム業界だの音楽業界だのに比して、出版業界が格別保守的だとも努力が足りていないとも思わない。

 黒船は、別に日本人のことを思ってやってきたわけではない。自分たちの利益のために、日本を植民地化するためにこそやってきた。一冊あたりの価格が半分になったところで、書店に並ぶ本の数が今の百分の一に減るというのなら、そんな未来は謹んでお断りする。
 だから頑張ってくれ、日本の出版社の人たち。日本の書籍の未来は海外の巨大企業などではなく、あなた方の双肩にこそかかっているのだから。*3

*1:コミックギアも最後は編集が見ていたようだが。

*2:ただし、ここで比べているのはあくまでも定価の話。ペーパーバックの定価は8ドル程度だが、再販制度がない欧米では書籍も値引き販売が可能なのだ

*3:でも、実際に電子書籍化で一番大きな影響を受けるのは出版会社じゃなくてむしろ印刷会社ではないだろうか。両業界に関わる人の話を聞いているとそう思う