ファンタジー世界と図書館(2)

 前回「中世に図書館はないというのは間違い」だと書いた。ちょっとだけ擁護するなら、「中世の図書館は、市民が図書を閲覧できるような場所ではない」という表現だったならあながち間違ってはいなかったかもしれない(ただし、フランスの国民図書館の設立は1367年のことであり、一般的には中世とされる時代である)。*1
 市民が印刷物を目にすることができるような時代が来るには、グーテンベルグの印刷技術の発明を待たなければならない。ここでもう一つこのコラムの誤りを指摘せざるを得ないのだが、コラムにはあたかもヨーロッパで紙が製造されるようになった15〜16世紀から修道士が聖書を写本し始めたかのように書かれているが、日本聖書協会によれば中世においてはソーフェームやマソラと呼ばれる人々が聖書本文を正確に伝えるよう尽力し、聖書を写本したとあり、その写本の中で有名なものは890年から1000年のものであるという。また、その当時の聖書のなかには酸化のため劣化して読めなくなるどころか、今なお現存するものも少なくない(ある資料によると現在25000現存しているという)。
 ちなみに、製紙技術に硫酸アルミニウムを使うようになり、酸性の紙の劣化が問題とされるようになったのは印刷技術が確立された後、紙を大量生産するようになってからのことだ(Wikipediaによれば1850年代以降)。同じく聖書協会によれば、1456年頃、つまり15世紀の半ばには聖書のラテン語訳が印刷されており、その頃まで写本は続いたとある。つまり当時の修道士たちが聖書を一生懸命写本した理由は紙が劣化するからというより「まだ印刷技術がなかったため、複製するには写すしかなかったから」であり、15世紀の半ばには印刷技術が発達し、写本はほぼ不要のものとなっている。
 さて、今度はファンタジー世界の話に戻ろう。

 現実の中世では本は聖職者たちのものだったが、ファンタジーRPGにおいて本のイメージをプリーストと結びつける人は多くないだろう。本といえばマジックユーザー、魔法使いだ。
 しかし、D&Dのイメージの元になったとされる指輪物語の「灰色の/白のガンダルフ」は、魔術書を読んだりしない。魔術書が登場するシーンもなかったはずだ。魔法使いが魔術書を使うというイメージはどこからきたのか? 恐らく一般的なイメージなのだろう(例えばディズニーの「ファンタジア」の「魔法使いの弟子」には魔術書らしきものが登場する)。その起源、由来を調べていったら論文が書けるほどになってしまうのでここでは触れず、話をTRPGに限定する。
 実は初代CD&Dの時代から、魔術師といえば「本」だった。マジックユーザーの所持品には「呪文の書」があり、これがないと魔法使い呪文が覚えられない(マジックユーザーは使うたび記憶から消える呪文を毎朝覚え直すというシステムだった)。クレリックには呪文の書は不要であり、二つは明確に区別されていた。
 これ以降、多くのTRPGでは魔法使いと言えば言葉を操るもの、魔法という技術を扱う学者というイメージが定着している。ソードワールドブレイドオブアルカナのように魔法使いの系統が複数存在するファンタジーであっても、その中で最低一種類は学者に近いイメージの魔法使い系職業が存在することがほとんどだ。


 本があって学者がいる以上、図書館はあって当然? ──いやいや、そうとは限らない。取り扱いはゲームによって異なる。次回はゲームごとに違いを見てみたい。

*1:もっともこのコラム、一般的には「近世」とされる江戸時代のことを「中世」といってるので、そもそも中世って何年から何年までの事を言ってるの? という話になるのだが。