王者の降臨


 見てるだけで辛そうだなこれ……。ふみふみとか巻き込まれた日には見てられない事態になりそうな……。
 そしてPの体調がよくないのは体張りすぎだからじゃないかっていう……。

原点にして王者

 たまたま実家に帰った折、クラシックD&Dサプリメントガゼッタシリーズ・カラメイコス大公国」を読み返した。古参のD&Dファンから評価の高いこのサプリ、今読み返してみても確かに良くできている。CD&Dに「技能」を導入するルールや、“赤箱”ベーシックルールセットの冒頭、「あなたの最初の冒険」に登場する「アリーナ」や「バーグル」、あるいは“青箱”エキスパートルールブックで最初に目にするワイルダネスマップに掲載された「スレショウルド」「スペキュラルム」をちゃんと設定に反映しているなど、評価できる点はいくつもあるが、特に秀逸と思ったのは「シィアニング・セレモニー」の設定だ。
 カラメイコス大公国には、土着のトララダラ人と、征服民であるジアティス人の二つの民族が共存している(後者はローマ帝国がモデルだろう)。「シィアニング・セレモニー」(剥ぎ取りの儀式)はトララダラ人の古い風習である。成人を迎える若者の上着を(儀礼的な意味で)ボロボロにし、1年の間、家から追い出して放浪の旅をさせることで、家族に一人前であることを示させるというものだ。元々自立心の強いジアティス人も、優れた風習としてこの習慣を取り込んでいるという。
 そして秀逸なのは、この記述がキャラクター作成ルールの章に書かれていることだ。これはつまり「もしPCが冒険の旅に出た理由が思いつかない場合は、シィアニングセレモニーで家を出たという設定にしろ」ということだろう。

 例えばかの有名なソードワールドには、PCの出自を決定する表はある。しかし、なぜPCが冒険の旅に出たかの説明はない。そこはプレイヤーに任されている。しかし、それが思いつかないプレイヤーに対する救済策もない。これはソードワールドが特別おかしいというわけではない。「PCがなぜ冒険の旅に出たか」という設定を用意しているゲームの方が少ないだろう(ただしFEARのゲームにはサンプルキャラなどの形で存在するものもある)。これも繰り返しになるが、世界が危機的状況だからというのは、キャンペーンの目標にはなっても、PC個人が旅に出る理由にはならない。
 ところが世界最古のTRPGであるD&Dでは、PC個人が旅に出る理由が世界設定の一環として用意されている。これは凄いことだと思う。もしかしたら、アーケードゲームのシャドー・オーバー・ミスタラで貴方が操作していたあのキャラもこのキャラも、シィアニング・セレモニーの真っ最中だったのかもしれない。

愛すべき悪役

 他にも、ブラックイーグル男爵領の設定などもよくできている。ブラックイーグル男爵は、先述の赤箱冒頭部分にある「あなたの最初の冒険」に登場する悪役「バーグル」のパトロン、つまりさしあたってPCたちにとっては立ち塞がる障害だ。描写としても、顔はハンサムだが性格は陰険で狭量で怪しい連中と付き合っていて──と、非常に「わかりやすく」できている。
 ところが、彼はカラメイコス大公国の大公(実質的な国王)ステファン・カラメイコスの従兄弟であり、大公としては苦々しく思っていても手を出せない存在である。ブラックイーグル男爵をどうにかしようとしても、権力に阻まれる。
 これはどういうことか? 男爵のレベルは、思ったほど高くはない。少なくとも彼の権力に対抗できるほどにまでPCが成長していたら、打倒するのも不可能ではないレベルだ。しかし、彼を倒してハッピーエンド──これは恐らく、彼に求められる役割ではない。ブレカナのゴッダード・ツァイトラーやNOVAの稲垣光平などと同じく、「わかりやすい悪役」として存在し続けること。低レベルでは乗り越えるべき障害として、高レベルでは苦々しくもちょっとした悪事を働き、すべてがPCの思い通りになるわけではないことをあらわす象徴として、存在し続けるのがブラックイーグルの役割なのだ。
 もちろん、プレイヤーが強く求めるなら(それはDMがそういう役割にしたということでもあるが)、貴方のキャンペーンでは彼を倒してしまっても構わないだろうけれども。

 ブラックイーグル男爵だけではなく、他のNPCも、某TRPGの設定資料集のように「小説のネタとしては使いやすいかもしれないけれど、シナリオの題材としてはどう使ったらいいか見当もつかない」*1なんてことはない。どんな人物もシナリオに使える強みと弱みが紹介されており、キャンペーン用のシナリオフックも用意されているため、シナリオでどう動かしたらいいかがイメージしやすい。
 他にも「トララダラ人とジアティス人はお互いに偏見を持っているが、PCはそのような偏見を持つ必要はない」とちゃんと明記されているなど、当時は分からなかったが、今になってみると非常に気を遣って書かれているのがよくわかる。しつこいようだが──このゲームは最近のゲームではない。世界最古のTRPGなのだ。

 このゲームが今なお世界で最も支持されるTRPGの一つであるのは、こういった細かい姿勢の積み重ね、なのだろう。これが、ページを繰りながら私が抱いた正直な感想である。

*1:ドレックノールのギルドマスターとか典型的な「ぼくがかんがえたさいきょうのNPC」であり、これをワールドガイドの設定どおりにシナリオに登場させられるGMがいたとしたら、天才以外の何者でもないと思う。