一理あるかも


 けものフレンズ2の最終回が惨憺たる結果に終わったことで、いろいろな人がその理由を考察している。
 中でも私が共感できたのはこの動画だ。
 できるだけ作者の主観を廃し、客観的に検証可能なソースから状況を分析しようという姿勢は評価できる。特に、半端に前作の設定を引きずったという点に、脚本家とMCUとの関係を引き合いに出して説明を加えたのはなかなか面白い視点だった。あと、統括的プロデューサーを置かなかったせいで迷走したというのも頷ける。



 この脚本家は、(視聴者よりも)原作者を尊重することが最優先すべき事項であると自らの作品で語っている。とすれば、統括者のいない作品で迷走するのは必然だ。
 あえて一点だけ異論を述べるとすれば、プロジェクトの内情を赤裸々に語ることが、ファンへの誠実な対応だとは私は考えない。例に挙がっているMCUも、俳優テレンス・ハワードの降板騒動などが起こっているが、別段その事情をいちいち語ったりはしていない。
 ただ、ケヴィン・ファイギという一人の人物がシリーズを代表して構成を統括し、何かあったとき責任を取るという前提でファンの前に立っていることは重要だ。前作ではまさにたつき監督がこの役目を果たしていた。アプリ終了の内情やら何やらは知らせてくれなくても結構。作品を取りまとめる、一つのブレない軸さえあれば見る側としてはそれでよい。
 皮肉にも、けものフレンズは前作でそれを体現し成功したがゆえに、次作で軸が定まらなくなり空中分解する羽目になったのだ。



 こちらは私が共感できなかった考察だ。徹頭徹尾作者の推論のみで成り立っている点にも疑問符がつくが、特に共感できなかった点を一つ挙げる。
 相手が到底呑めない条件を提示し、呑まなかったからといって「自分の意思で降りた」というのは詭弁に過ぎる。それは「強制的に降ろした」のと何ら変わりない。KFPが不信感を抱かれているのもまさにこの点だ。「残念ながら条件が折り合わず」と書けばいいところを「相手が降りたから」とプレス発表してしまったことが、炎上を加速させた要因ではないか。