納得いかない曲

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 みんなの歌ってそんなに不気味な絵ばっかりだったかな。「アップルパップルプリンセス」とか「恋するニワトリ」とか「キャベツUFO」とか、割とかわいい絵柄だった気がするけど。あと、元は一流ミュージシャンが歌ってた曲がメディア(カセットテープ)化した時、版権の関係なのか別の人がカバーしてたりしたよね。

 それより、みんなの歌っていうと今でも思い出すのが、どうしても歌詞の内容に納得がいかなかった曲のこと。
 そう「勇気一つを友にして」だ。



ギリシャイカロスは
ロウでかためた鳥の羽根(はね)
両手に持って飛びたった
雲より高くまだ遠く
勇気一つを友にして


丘はぐんぐん遠ざかり
下に広がる青い海
両手の羽根をはばたかせ
太陽めざし飛んで行く
勇気一つを友にして


赤く燃(も)えたつ太陽に
ロウでかためた鳥の羽根
みるみるとけて舞い散った
翼(つばさ)奪(うば)われイカロスは
墜(お)ちて生命(いのち)を失った


だけどぼくらはイカロスの
鉄の勇気をうけついで
明日(あした)へ向かい飛びたった
ぼくらは強く生きて行く
勇気一つを友にして


(コメント欄より歌詞引用)


 この曲を最初に聞いた時の感想は「イカロスのエピソードってそんな話じゃなくね?」だった。
 原典であるギリシャ神話のエピソードの概略はこうだ。


 天才設計師であるダイダロスとその息子イカロスは、王の不興を買って脱出不可能と言われる迷宮に閉じ込められる。しかし、発明家でもあったダイダロスは鳥の羽根を蜜蝋で固めて翼を作り、空を飛ぶことで迷宮を脱出しようとした。
 この時ダイダロスは息子に向かって「蝋が溶けるから上昇しすぎて太陽に近づいてはいけない」と事前に忠告するが、初めて空を飛んで浮かれたイカロスは忠告を無視して太陽に近づきすぎてしまい、蝋が溶けて羽根がバラバラになり、地面に落下して死んでしまう、というものだ。ちなみに、父親であるダイダロスは脱出に成功している。


 幼少時に私が読み漁ったギリシャ神話の解説本ではどれも、このイカロスのエピソードは教訓であり「年長者からの忠告を無視する無謀な若者への警句」「(聖書におけるバベルの塔と同様)技術によって慢心した人間への戒め」という解釈がされていた。イカロスの行動を「勇気」と捉えているものはなかった。
 私自身も解説本の解釈に賛成だ。理由は「そもそもイカロスは一人で飛び立っていない」からだ。勇気一つを友にするも何も、翼を作ったのは父親であり、その後について飛んだだけだ。それも、飛ぶのが目的だった訳ではない。あくまでも原典では、目的は「脱出」だ。その翼は「奪われた」のではなく、自分のミスで失くしたのだ。しかも、自分を戒めた父親は脱出に成功しており、事前に警告されていたにもかかわらずそれを無視した息子だけが墜落死した。これは「勇気」と呼べるのか?


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しかし、楽曲「勇気一つを友にして」のように、本来の教訓とは逆に、自らの手で翼を作り飛び立ったイーカロスを勇気の象徴として表している例もある。


 Wikipediaはこのように書いているが、イカロスを勇気の象徴としているのは、20世紀になって書かれたこの曲以外に私は知らない。この記述の部分は出典が示されていない、つまり執筆者の独自解釈である。
 むしろ、中世の解釈はこうだ。


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 ブリューゲルの絵画においても、イカロスの死は絵画中の他の人物から全く関心を払われていない。自業自得、当たり前のことだったから誰も気にしていないのだろう。英雄的な死ならこんな描かれ方はしないはずだ。

 さらに引っかかるのが、この曲が4番で「ぼくら(歌い手)が鉄の勇気を受け継ぐ」と歌っていることだ。繰り返すが、イカロスのエピソードの本来の意味は、神話として一般的な「教訓」である。要するに「イカロスの真似をしてはいけないよ」という「警句」だ。月並みな表現だが、勇気と無謀は違う。鉄の勇気を引き継いでイカロスの真似をするというのは、神話が語るのとは真逆の意味ではないか。


 ここで思い出したのが、同じみんなのうたの「アイアイ」という曲のことだ。


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 アイアイの曲の作詞家は、アイアイのことを図鑑でしか知らず、その情報だけからこの曲を作ったという。それを考えると「勇気一つを友にして」の作詞家も、イカロスが空から落ちたことしか知らずにこの歌詞を書いたのではないか。それで神話とは正反対のメッセージを、しかもギリシャ神話のことなどほとんど知らないであろう子供たちに伝えるのは、余りにも元ネタにリスペクトがなさすぎるのでは……そんなことを思ってしまうのだ。