簡潔に結論から書く。
少なくとも今日時点、私の環境では、SteamDeckにSteam版のFF14をインストールしても、PS4/5版で作成したキャラクターは使用できなかった。新規プレイヤーにしても、継続プレイヤーにしても、新規アカウントを作成する画面に強制的に遷移させられ、正規の方法では回避できない。
もしかしたらおま環の可能性もあるかと思ったのだが、FAQにこのように書かれているので、仕様のような気もする。
「Steam版ではWindows版やPS4/5版で作成したアカウントは使用できない」と明記されていないところがかなりモヤモヤするが、少なくともこの質疑内での選択肢は「新規プレイ」か「現在プレイしているアカウントとは別のアカウントの作成」だけで「Steamで、他機種版で作成したアカウントを使用する方法」については提示されていない。
では、何故チャレンジしたかというと、ググるとこの質疑より「やってみたらできた」というロドストの日記の方が先にヒットするからだ。ちなみにCopilot先生も、Windows版についてはできないと明言するが、PS版との共有については言葉を濁していた。恐らく、できると断言しているサイトの情報も拾ってしまうからだろう。
もしかしたら、日記が書かれた当時はできたが、今はもうできなくなった、ということなのかもしれない。実は、SteamDeckでFF14をプレイする方法を紹介するサイトや動画の大半が、3年前の情報である。その後に仕様が変わった可能性もある。まぁ、現時点でここまではっきりできないのなら、公式サイトのどこかには大きく明記しておいてくれよ、と思わなくはないが……。
ちなみに「SteamDeckにWindowsをインストールして通常のWindows版をプレイする」は私の選択肢の中にない。WindowsPCとしてのリスクを避けたかったからSteamDeckを買ったのであって、そうじゃないなら最初からUMPCを買っている。
まぁ、Steam FF14で検索すると「やめとけ」がサジェストされるくらいなので、風評は正しかったということなのだろう。実家でFF14の日課くらいできないかと思って試したみたが、勉強代として諦めることにしよう。
「Playstation Portalを使えば?」と言われそうだが、実際に試してみると、実家の貧弱なネット回線では画像転送方式のPortalはメチャクチャ通信帯域を占有してしまう。「FF14の情報サイトを見ながらFF14」すらできなくなるのでこっちはこっちで諦めたという事情がある。
「失敗」と「事故」は違う
今回の動画を見て、最初に浮かんだのは「ずいぶん懐かしい話だな」という感想だった。動画の後半で語られている、トーキョーNOVAのリプレイ「ナイト・アフターナイト」の、中村やにおさんと稲葉さんに関するエピソードの話である。
実際、当事者であるお二人が聞いたら、また違うコメントがあるかもしれないけれども、少なくともこれを聞いた私としては、当時のものすごくストイックだったあの界隈の空気を考えると、これぐらいのやり取りはあってもおかしくなかっただろうな、という印象だ。
私も同卓した熟練プレイヤーに「私のキャストは、君と手を組む理由がまったくないので協力しない」と真顔で言われ、セッション中に途方に暮れたことがある。あの頃はそういう雰囲気だったんだよな……。
ここまでが前置きだ。
閑話休題
そして本題。今回の動画のタイトルは「事故が起きにくいシナリオの作り方」となっているが、まずこれを読んで気づくこととして、「事故」と明記しているということは、あえてセッションの「失敗」と区別しているということだ。というのも、TRPGのセッションの「失敗条件」は、結構色々な場所で語られている。
「そんなの見たことない」という人もいるかもしれないが、「TRPGとはどんな遊びなのか」というのを説明するところで、例えば初心者向けの記事で「TRPGというのは参加者全員が楽しめれば成功であって、勝ち負けはない遊びだ」という説明を見かけたことがあるのではないだろうか。
──アリアンロッドRPG2Eルールブック(1) 改訂版 15ページより
この説明の裏の意味を読めば「参加者全員が楽しむことができなければセッションは失敗だ」となる。つまり、TRPGのセッションの失敗条件というのは昔から語られていて、ここで述べられている「事故」は、失敗とは違う視点で語られているということになる。
動画の中で述べられている「事故」は、「参加者が楽しめないこと」ではなくて、「プレイヤーがこのシナリオを先に進めないと言い出す」ことを指している。プレイヤーが先に進めないと言い出したとしても、紆余曲折あってプレイヤー全員が紛れもなく楽しめたのであれば、そのセッションは「事故ったが成功である」と言えるし、反対に、プレイヤーがGMの意図通りシナリオをちゃんと進めたにもかかわらず、参加者が楽しむことができなかったなら「事故らなかったが失敗である」というセッションもあり得る、ということになる。もちろん、事故らない方が成功する確率が高いからこそ、事故は避けるべきなのだが。
また、個人的な意見としては、この「事故」の条件は、シナリオやリプレイを商業作品として世に出すFEARの社長ならではの定義だと思う。
私自身はTRPG関連の書籍を出版する出版社の社長ではないので、社長とは「事故」の定義が異なる。とはいえ、実はこれも過去にFEARのTRPGで語られた定義だ。かつてアルシャードで「ウィンカスター・フォーチュン・サービス」というサプリメントがあった。これは、シナリオの自動生成システムなど先進的で画期的なアイデアが掲載されていたサプリメントだったのだが、その前書きで、TRPGにおける「事故」──正確には、この前書きでは「ハプニング」「サプライズ」と「トラブル」「アクシデント」について述べられている。
あくまでも前書きなので、この4つの用語について文中に定義がはっきり書かれているわけではないが、私はこう捉えている。
ハプニングは、一番分かりやすいのは極端なダイス目が出ることである。TRPGがランダマイザとしてサイコロを採用している以上、期待値を外れたダイス目が出るのは当然で、ルールとしては織り込み済みである。極端な出目によってシナリオの展開が想像の範囲を外れるのがハプニングだ。
またサプライズは、シナリオのどんでん返しでGMがプレイヤーを驚かせることや、あるいは一風変わったPCを作ったり、予想外の選択をすることで、プレイヤーがGMや他の参加者を驚かせることなどが考えられる。
ハプニングとサプライズの共通している点は、どちらもルールで想定されている範囲内に収まり、参加者のキャパシティを超えないという点である。
これに対しトラブルとアクシデントは、GMもしくはプレイヤーが、置かれた状況に対して対処困難になることを意味する。中でもルールに基づく対処が不可能で、最も厄介で、かつ発生しやすいのが、GMとプレイヤーあるいはプレイヤー間のコミュニケーションエラーである。私が考えるセッションにおける事故とは、ずばりこれだ。GMの意図がうまくプレイヤーに伝わっていない、あるいはプレイヤーの意図がGMに伝わっていない、もしくは、そもそもプレイヤーとGMが目標を一にしていない……。
ここで思い出したことが一つある。鈴吹社長は、これまで何度か動画内で「NOVA軍と戦うのが怖いから依頼を受けるのをやめるプレイヤー」というトーキョーNOVAのエピソードを語っている。しかし幸か不幸か、私はそういうプレイヤーには出会ったことがない。また、そういう展開になった公式リプレイも記憶にある限り存在しない。
これに対し、ログアウトに掲載された「禍炎の塔」というリプレイでは、プレイヤーの一人が「面倒くさいから」という理由で受けた依頼をすっぽかしている。
LOGOUT 1995年07月号 60ページより
このリプレイは単行本化こそされていないけれども公式である。まぁ、単行本化されなかった理由は推して知るべし、という感じではあるが……。
公式リプレイで発表されたケースに言及せず、どうして発表されていないケースに言及するのか不思議だったのだが、もしかしたらこれは意図的なものなのかもしれない、と最近思うようになった。
これは、私個人によるまったくの邪推なのだけれども──よく考えると「命が惜しいから戦いたくないので依頼を受けない」というのは、PCの判断である。この動画でいうところの「事故」、プレイヤーが「依頼を受けたくない」と言い出す状況を避けることで、シナリオ作成の範囲で対処が可能だ。
これに対して前述の「禍炎の塔」のリプレイで起きている状況は、面倒と思っているのはPCではなくプレイヤーだ。
ここでもう1つ、過去のエントリから拾うと「面倒臭いからこの屋敷燃やそう」も同じである。何故私がこのネタを何度も擦るかというと、これもメタなレベルでプレイヤーが面倒だと言っているからだ。
「PC」が「依頼を受けたくない」と言い出すことを避けるのは、シナリオの書き方によって工夫できる。しかし「プレイヤー」が「セッション進行そのものが面倒だ」という感情を避けることは、シナリオをいかに工夫して書いても限界がある。だからあえて触れていない。そう感じるのは私の考え過ぎだろうか。
ここで冒頭の話に戻る。
TRPGは、参加者全員が楽しむことができれば成功、すなわち勝利であって、参加者が楽しむことができなければ失敗、すなわち敗北である、と。この文章を読んで気づいた人もいるかもしれないが、TRPGが悪意に弱いゲームであると言われる理由もここにある。すなわち、他の参加者と一緒に楽しもうという目的を持たない(あるいは途中で失った)参加者が混ざると、セッションの成功条件を満たせなくなってしまう。
そういったプレイヤーに必要なのは、シナリオを書くテクニックではない。全員でセッションを楽しもうというマインドセットだ。こればっかりは、セッションの場に同席するわけではないシナリオライターにできることは限りがある。最終的には、参加者が何とかするしかないのだ。


