動画の中でも言われてるけど、トーキョーN◎VAとかブレイドオブアルカナのようなFEARのゲームは、公式シナリオの展開と共に(現実世界より遅いとはいえ)ちゃんと時間が経過している世界なので、リメイクしづらいシナリオはどうしても出てこざるを得ない。
例えば、今になって天津昴一郎と「J2」石見環が倒されるシナリオをやったとしても、「そもそもこの2人誰?」っていう話にならざるを得ない。「いや、この人たちは実は昔の超重要人物で、こうでこうで」と説明されても、プレイヤーとしてはいまいちノれないだろう。
逆に「キャストを二手に分けて、イワサキと千早のクグツで殺し合いをさせる」みたいなシナリオは、時代が経っても最新版のルールに合わせてリライトしてプレイしても、それほど違和感はなさそうだ。
ルールの版上げの話
これも動画の中で言われているが、そもそも今回の話、シナリオのリライトがテーマのはずなのに、途中からなぜかルールの版上げの話になってしまっている(笑)。これはこれで、トーキョーNOVAの版上げの話をするのは楽しいのだが、どうしても長い話になってしまう。
セカンドエディション
社長が言っている「ファイヤーアーム1と2を取れるようにしてほしい」というのはセカンドエディションの話だ。セカンドエディションでは「同じ技能を重ねて習得し、スートを合わせることで、同一技能の組み合わせ発動」というのが可能で、それで複数回攻撃になる、というルールがあった。
しかし、そもそもセカンドエディションの最大の欠点は、戦闘ルールが非常に分かりにくいことだったのだ。先手が極度に有利になるルールにもかかわらず、行動順があまりにも曖昧過ぎた上に(「せーのでプレイヤーに挙手させろ」とか、他のゲームではまず有り得ない記述がある)、他にも欠点が色々あるせいで。私のプレイグループはセカンドエディションを数回遊んだ後、ファーストエディションに戻った。
それぐらいセカンドエディションは忌避されていたので、自分の周りでは「セカンドエディションに戻して欲しい」なんていう人は全く見かけなかった。
3rdエディション(トーキョーNOVA・レヴォリューション)
その後、レヴォリューション(通称「R」)がすごかった、っていう話はもう何度も書いたとおりで、その後デトネーション(通称「D」)になるわけだけど、私個人の印象としては、R時代はキャラクターの能力の比重が非常に大きかった。技能に有利不利という概念があって、達成値を上げるのも、ダメージを上げるのも、全部スキルレベルに依存する。もちろん「御霊」とか、サイバーウェアで強力なものもあるのだが、それらのうち最低限必要なものだけを抑えると、後はスキルレベルが物を言うルールだった。
あと、これはFEARのゲームの初版にありがちなんだけど、カブト、つまり防御が強すぎた。防御力の高すぎるカブトは、敵で出されるとキャストの攻撃が一切通らなくなるし、味方に1人いるとダメージを全部無効化されてプレイヤーが危機感を覚えてくれない、という。しまいには、埋めてるサイバーウェアを片っ端から「斬裁剣」で破壊したり、特定の対処法を持ってないと戦闘が成り立たなくなっていく。この辺りが、続編のDで改善されていた。
4thエディション(トーキョーNOVA・デトネーション)
DはRに比べてアイテムの比重が大きくなった。技能の有利不利という概念がなくなり、ダメージの上昇や達成値の上昇は基本的にアイテムでカバーすることが多い。ガジェットの存在感が増したという意味では、サイバーパンク的になったとも言える。
ルールの根幹部分はあまり変わっていなかったので、マイナーチェンジバージョンという感じだったが、良バランスだったからサポート期間が長かった側面はあると思う。
5thエディション(トーキョーNOVA・アクセラレーション)
その後のアクセラレーション(通称「X」)については、私は前作に比べてプレイ経験が非常に少ないので、ここから老害ムーブが入ってしまうんだけど、一番ショックだったのがプロットという概念がなくなったことだった。
前述のとおり、セカンドエディションでめちゃくちゃ分かりにくくなった戦闘ルールが、Rで「カードをプロットする」という概念が生まれたことで、劇的に整理された。それまで、カードは「手札」と「山札」と「捨て札」しかなかったわけだけど、戦闘時のみ手札から直接判定をするのではなく、目の前にカードをプロットして、そこからしかカードを使用できなくなるというルールだ。他のプレイヤーから見ると、卓上にプロットされてるカードの枚数を見ることで、「次に誰が行動するのか」「誰に何回行動が残っているのか」というのが、非常に分かりやすく視覚化された。
これは、私がR以降一番好きなルールの1つだった。また、この変更に合わせてアクションランクや制御値の概念も変わり「高い制御値で、相手の攻撃をカードも出さずに跳ね返し、脅威を感じさせる」みたいな演出もできなくなったのが残念だった。
この動画の締めの部分を見る限り、ルールのデザイン思想のようなものはあまり語っていく方針ではないらしいので、どうしてプロットのルールがなくなったのか、なくしたことによってどういうメリットがあったのか、というのは今後知る由もないことなんだろう。
余談だが、何故カードのプロットに思い入れがあるかというと、R発売当時、仲間たちと散々考察して語り合ったから、というのが大きい。だからもしかしたら、Xを実際にもっと何度もプレイしていけば、その良さがわかるのかもしれないけれども……。
