GMの思惑にプレイヤーは乗るべきなのか?(1)


 今回の動画も大変興味深いものだった。大体私のブログのパターンとして、動画の公開から取り上げるまでに時間がかかっているものは考察に時間がかかっているものという場合が多い(笑)。

みえみえの罠にひっかかるべき?

 今回のふぃあ通動画のサムネイルを見て、最初の鈴吹社長のコメントを聞いた時、違和感を覚えた人もいるのではないだろうか(実は動画タイトルとサムネイルでも微妙にニュアンスが異なる)。「みえみえの罠にひっかかるべき?」。これについて、久保田さんが「難しい」と言いかけたのを止めて、社長は「いや、自分は絶対に乗る」という答えを返している。これは久保田さんが間違っていたのかというとそうではないし、では逆に鈴吹社長が間違っていたか、と言われるとそうでもない。
 ここがややこしいのだが、どういうことかというと、まずこの動画のテーマ自体「コメントに対する返信」という形をとっている。このコメント自体が実は結構アレで、投稿者が「GMの思惑に乗るのが気に入らない」という理由でセッションを崩壊させ、キャンペーンも空中分解したにもかかわらず「何が悪かったんですかね」みたいな質問である(他に事情があるのかもしれないがコメントには書かれていないので読み取りようがない)。
 この「質問」に対しては、鈴吹社長の回答、つまり「GMの思惑には乗るべきだ」という回答以外あり得ない。だからこういう回答になる。ところが、これを逆に考えた時……例えば、このコメントの投稿者がGMをやると仮定して、今回の動画を持ち出し、「鈴吹社長がこう言ってるんだから、GMが仕掛けた罠には全部引っ掛かれよ」と言ってきたら、「いや、それは違うだろう」という話になる。
 だから動画の後半で「大事なのはお互いの信頼関係だ」と言っているし、鈴吹社長も「あくまでも自分のプレイスタイルではそうするというだけで、人にそれを強制するものではない」と言っているわけだ。

ハンドアウトがあっても……?

 では、実際問題どうなのか。信頼関係があっても実は結構取り扱いが難しかったりする。
 先日「GMからの依頼を受けるかどうか」という題材でエントリを書いたけれども、今回の題材はそれと似ているようで、異なる点がある。というのは、依頼というのはシナリオの冒頭部分で行われるものなので、FEARのゲームのようにストーリー進行の支援ルールを実装していると「ハンドアウトに『依頼を受けてください』と書いているのに受けないのは、ルールに反する」という話になる。
 しかし冒頭の問題だと、GMの思惑というのは必ずしもシナリオの冒頭部分にだけ存在するわけではない。シナリオの中盤や終盤でもプレイヤーに「このシーンでは不利な展開を受け入れて欲しい」という風に考える場面は発生し得る。それについてハンドアウトに明記するのはシナリオのネタバレを書くに等しい。従って、ルールで縛ることができない、という話になる。
 よって、これはストーリー支援システムを搭載しているゲームでもそうでなくても、程度は違えど発生する可能性がある問題ということになる。

強制イベントなのか、そうではないのか?

 そして、私自身がこの題材を聞いた時、最大の問題となる点はどこだと思ったか。これも鈴吹社長自身が動画内で「これはどう考えたって罠だから気づいてよ」ということもある、と言っている(埋め込み部分)。最大の問題は、GMの思惑として「ここは罠にかかってほしいと思う場面」なのか「ここはちゃんと対処してくれないと困るという場面」なのかの区別が、プレイヤーからは明確にわからない、という点である。
 一例を挙げると、このブログで何度も取り上げている「ペイント問題」というのがある。これは昔のソードワールドのリプレイに出てきた場面で、概略はリンク先を見ていただきたいが、ここでも簡単に述べておく。
 PCたちがとある部族と敵対状態になった。その部族は顔にペイントするという風習がある。そして、PCたちの前にとあるNPCが出てくるのだけれども、この場面でGMは「そのNPCは顔にペイントしている(=敵対部族の人間である)」という「誰が見ても明白な事実」を「聞かれなかったから」と意図的に描写しない。結果的にPCたちは罠に嵌って薬を盛られる、という話だ。
 読者から見ると、リンク先の意見にあるように「これは強制的に不利になるイベントなんだろうな」と見える。実際のプレイヤーの心情はわからないにしても、プレイヤーもそう考えていると解釈してもおかしくない場面ではある。
 ところが、リプレイに書かれたGMのコメントはどうかというと「ほとんど反則」だが「このくらいのトリックは自力で乗り越えてほしかった」と言っている。つまり、これは強制的に不利な状況に陥るイベントではなく、繰り返すが、明白な事実を意図的に描写しないというアンフェアなことをしてでも、プレイヤーには見抜いて欲しかった、そういう場面である、とGMは言っているわけだ。
 公式が出版しているリプレイですら、認識にはここまで大きな隔たりがある。しかも、このリプレイのGMとプレイヤーは、当然のことながら、このリプレイ収録時に初対面だったわけではない。ましてやコンベンションで初対面のGMやプレイヤーの認識は、一致するとは限らない。
 プレイヤーとしては「これは強制イベントだ」と思っても、GMとしては「回避してほしい場面だった」と思っている。ここの認識にずれがあると、例えば上記の例でいえば薬を盛られただけで済んだけれども、これが致死性の罠だったらPCは全滅している。なのに「いや、見破れなかったお前らが悪いよね」となり得るわけだ。動画で言われているような、GMに悪意がある場合でなくても、だ。

ぶっちゃけるのが早いけれども……

 これに対して、動画内では「この話、乗った方がいい?」と聞くのが早い、つまりぶっちゃけるのがいいと言っている。それは確かに正しいのだが、常にこの選択肢を取り得るかというとそうではない。これも大袈裟な話をすると、じゃあセッション中、プレイヤーに選択肢が提示されたら、常にGMに「これは本当はどっちに行って欲しいんですか?」とお伺いを立てるのか。ダンジョンに入ったら、どの道が正解かをGMに全部聞いて回るのか、っていう話になってしまう。
 個人的には、1回のセッションにつき1回聞くとしても毎セッションだったらちょっと多いんじゃないか、という気がする。本音を聞かなければセッションが立ち行かなさそうだ、という場面なら聞くのが一番いいんだけど、これも動画で言われてるとおり、GMとプレイヤーでセッションを重ねていくことで、その辺の認識、温度感を擦り合わせていくしかない。ちなみに「お互いの温度感に差異がある」というのは「セッションを一緒に進めていこう」という前向きな姿勢が双方にあったとしても起こりうるすれ違いである。冒頭のコメントはその合意すら取れていなかったわけだから、これよりひどい状況だった、と言えるかもしれない。

「生存」を優先するのは悪いことではない

 また、動画の前半で言われているような「PCが生存を優先する」という行動理念も、必ずしも間違いではないどころか、むしろGM側もそれを前提にシナリオを組んでいる面がある。例えば「いや、俺はこの戦闘負けても別にプレイヤーが死ぬわけじゃないからいい」とか「自分はレベルが上がらなくても、物が買えなくても全然構わないので、経験値もゴールドも全くいりません」と言われてしまうと、大部分のシナリオは成り立たなくなってしまう。
 多くの場面において、GMは「PCがより多くの利益を得たいと思っている」という前提でシナリオを組んでいる。さらにそのセッション報酬として渡すのが経験値だ。にもかかわらず、限定的な状況においてのみ「話を盛り上げるために、ここはあえて不利な状況になることを受け入れて欲しい」という、そのこと自体が無理を通そうということなのだ。プレイヤーに受け入れられるのは「当然」ではない。その点だけは、GM側はちゃんと認識しておく必要がある。