ナイトシティの治安はなぜ悪いのか


 動画の内容自体は、2077に登場する企業についてゲーム内で確認できる情報に基づいた一般的な話なんだけど、個人的に興味が湧いたのはむしろコメントの方だった。「あんなに治安が悪いなら、どうして違う場所に治安のいい町を作り直さないのか」みたいなコメントを見かけて、ちょっと生暖かい笑みを浮かべてしまった。
 ぶっちゃけてしまうと「サイバーパンクというジャンル自体が、そういうものだから」である。過去の日記でも書いたが、治安のいいサイバーパンクという作品そのものが皆無に近く、サイバーパンクというのは治安が悪いものとほぼ決まっている。
 何故なら、サイバーパンクで描かれるものの1つに、まさに動画のテーマである「企業の存在が異常に、そして歪に成長してしまった世界」という設定があるからだ。これは原典であるギブスンとかフィリップ・K・ディックの時代から同じだ。企業が作った理想郷的な世界が舞台となると、それはまた違うジャンルの作品になってしまう。メタ的な理由を語るとこうなる。
 では、ゲーム内ではどう説明されているかというと、ダウンロード版を買った人は見ていないかもしれないけれど、パッケージ版の取扱説明書にナイトシティの来歴が掲載されている。そもそも、何故この町は「ナイトシティ」と呼ばれているかというと、「リチャード・ナイト」という人物が創設した町だからだ。そして、この人物はどうなったかというと、暗殺されている。
 リチャード・ナイトは、誰かに個人的に恨まれていたとか、悪事を働いていたとかという描写は特になく、恐らく町を作ろうとしたという事実そのものが何者かの利益を害し、それによって殺された可能性が高い。ということは、同じことをすれば同じ顛末をたどらないとは限らない。そして、新しく作られた町もまた創始者という名の理想が失われ、ナイトシティと同様、治安の悪い町へと変わって行く。

 もうちょっと詳しくいうと、TRPG版のナイトシティ・ソースブックには、アメリカの都市がどうなっているかという解説が書かれている。2020年の段階で、40年前と比べてアメリカ全土で70%の都市が消滅していることになっている。原因は環境汚染、戦争による荒廃、自然災害などの複合的な要因によるものだ。2070年でこれらの要素が改善しているとは到底思えず、年数の経過によりさらに同じ割合が減っていると計算すると、実に90%以上の都市が北アメリカ大陸全体で消滅していてもおかしくない。そうすると、すでに都市が存在している場所を捨てて、新しい都市を建設するという行為自体が、リスクを伴う行為ということになる。
 結局のところ、街を運営している企業にとっては、自分たちが支配するごく狭い地域以外の場所の治安がいいかどうかということは大したことではなく、収益構造、悪い言い方をすれば収奪構造が確立しているかどうかが問題なのだ。スラムができようがなんだろうが、利益をもたらすならとどまり続けるし、どんなに綺麗な町に見えても、自分たちに利益をもたらさないなら訪れない。

 あれこれつらつら書いてきたけれど、身も蓋もない一番大きな理由を言ってしまうと、治安が良くて綺麗で企業が礼儀正しく、スラムもギャングもフィクサーもいないナイトシティで、遊んでいて楽しいだろうかという話である。サイバーパンクがこういう舞台設定となり、連綿と遊ばれ続けているのはそれなりの理由があるのだ。
 街の外をモンスターが闊歩するファンタジー世界とは違う。漂白された世界では、主人公が何かをなすべき余地がない。治安が悪いからこそ、主人公がサイバーウェアの力で成り上がり、活躍できる。現金な話だが、光をより眩く、影をより色濃くするためには、世界は荒廃している必要がある。これは、ささやかだが長いことサイバーパンクTRPGのシナリオを作ってきた私の持論である。*1

*1:ちなみに、欧米のクリエイターだから設定が甘いというコメントも見かけたが、日本製のサイバーパンクであるトーキョーNOVAも、治安が悪く企業が支配する巨大都市が舞台という図式は一緒だ。