足りないのは何か?

 別段、昨日紹介したダブルクロスのサプリのため……という訳ではないが、レンタル開始された「シビルウォー」を見直したので、改めてソコヴィア協定について考えてみた。




(以下、キャプテンアメリカ3のクライマックスのネタバレあり)












 実は、この映画のストーリーの肝になるシーンは、後半のアクションシーンではなく、前半のミーティングシーンにある。ソコヴィア協定への是非を巡って、ヒーローたちが議論を戦わせるシーンだ。

 ヴィジョンは言う。
「アイアンマンが名乗り出てから8年の間に超人の数は増え、それと同じだけ世界の危機も増えた」と。それに対してスティーブは「我々のせいだと?」と問い、ヴィジョンは「因果関係はあるかと」と答える。

 このシーンで、既に双方のすれ違いは始まっている。その意味ではこのシーンはなかなか上手くできている。

アイアンマンの「敵」とキャプテンアメリカの「敵」

 アイアンマンの視点から見ると、この時点でのヴィランは本編でアイアンモンガー(オバディア)、ウィップラッシュ、キリアン。アヴェンジャーズ1、2でロキとウルトロン。ロキを除いた全員が、トニー・スタークという人物が存在しない限り存在しないヴィランだ。そのロキも、ソーがいなくては存在しない。よって(元々ジャーヴィスであった)ヴィジョンの指摘である「ヒーローなくしてヴィランも世界の危機もない」という指摘は、まさに当たっている。
 ところが、これをキャプテンアメリカの視点から見ると、映画1のヴィラン・レッドスカルも2のアレクサンダー・ピアースも、スティーブ自身の行動や因縁以前に存在し、活動を始めていたヴィラン*1。よって「お前のせいだ」と糾弾されても実感が湧きようがない。レッドスカルと戦ったのも、ピアースと戦ったのも、個人的な怨恨ではなく、きっかけは軍にいたからであり、S.H.I.E.L.D.にいたからである。つまり組織の命令がそもそもの発端にある。

 言い換えるとこうなる。トニーがソコヴィア協定を受け入れたのは、自分が個人的な動機で戦って生じた悲劇を顧みて反省したからであり、スティーブがそれを受け入れなかったのは、逆に組織の命令で戦って酷い目にあった経験を顧みて後悔したからである。

意思決定プロセスがない?

 これを踏まえて、続くシーン。トニーは「ここには意思決定プロセスがない」という。原文は「There's no decision-making process here.」ここはほぼ同じ意味と取れる*2。続くトニーの言葉は「チェックを受けるべきだ」だ。しかしその後のスティーブの台詞は「この協定は選択の権利すら失う」である。
 改めて見直すとここには違和感を覚える。協定の具体的な中身が明かされないまま、二人がまったく違うことを言っているのだ。自分たちで自分たちの行動を決め、第三者がそれを監査*3するというのと、自分たちの行動を決められず命令がないと動けないというのでは、まったく異なる。
 原作では、ここに解釈が加わる余地はほぼない。なぜなら、原作のスーパーヒューマン登録法のモチーフの一つは、ナチスユダヤ人登録法だからだ。原作で登録法側が悪役として描かれることは、冒頭で既に確定していたと言ってもよい。
 ところが、ソコヴィア協定はそこが明らかではない。前にも書いたが、後半ファルコンたちが収監されるのは、協定に反対したからではなくて、要人暗殺テロの容疑者を隠避しようとしたからである。協定に参加しないことによって、どれだけアベンジャーズの自由が奪われるのか。そもそも、ロス将軍が核ミサイルと呼んだソーとハルクの二名が協定に参加しておらず、アベンジャーズ以外に影響を及ぼしうるとの言及もない時点で「管理する」という観点でのこの協定は、ほぼ意味を成していないといってもいい。例えばドクター・ストレンジが登場した時点で効力がないからだ。

 加えて言えば、トニーがいう「意思決定プロセスがない」という認識も正しいかどうか疑問だ。チタウリの時もウルトロンの時も、アベンジャーズは出撃して戦った。意思決定に問題があるという主張は「出撃したが遅すぎた」とか「間に合わなかった」というケースがあって初めて成り立つが、そうではない。また、アベンジャーズ自体、特定の目的を掲げた組織ではないので、行動をオーソライズする必要もない。
 「ない」のは意思決定に至る情報収集手段と、その情報を正しく分析するプロセスの方だ。それは本作の後半で「偽情報にまんまと踊らされた」ことからも分かる。AIのフライデーにあっさり看破できる程度の情報の吟味すら怠っているようでは、正しく情報を分析しているとはとても言えないだろう。
 スティーブも同じだ。彼自身が言ったとおり「行くべきでないところに行った」結果、見事同士討ちをさせられたわけだ。国連に決定権を委ねず、自分で判断した結果がこれだ。
 さらに、スティーブの言う「自分の行動に対して責任を取ること」というのは、少なくとも本作においては「ハイドラと戦う同志を無抵抗な妻諸共暗殺した犯人を、友達だからという理由だけで庇い、敵を討とうとした息子を二人がかりでリンチして放置する」ことを指すことになってしまう。

壊したものが実は……

 スーパーハッカーであるトニーやヴィジョンの力をもってしても、収集できる情報には限界がある。情報収集とその分析には、今のところまだ人間の力が必要だ。スーパーヒーローたちの規格外の力は、破壊や攻撃には使えても、情報収集には向かない。すなわち組織のバックアップを受けるのが最適なように思えるのだ。
 それはすなわち、スティーブがぶち壊したS.H.I.E.L.D.S.そのものだ。もちろん、あのままでよかったはずはないが、スティーブが真っ先に目指すべきだったのは、アベンジャーズでもソコヴィア協定でもなく、傷ついたS.H.I.E.L.D.S.の再建であり、ニック・フューリーの後継者をこそ探し出すことだったのではないか。これが、シビルウォーを見直した私の感想である。

*1:ウィンターソルジャーはスティーブに因縁があるが、事態の黒幕というわけではない。

*2:翻訳に問題はないという意味。

*3:字幕と原文は「チェック」、吹き替えでは「監査」となっている。