予め約束すると書いて「予約」

 先日の日記で取り上げた、バンナムが完全版商法を肯定したという発言のソースを探していたんだけど、これのことだろうか。


「ネットへの書き込みじゃなくアナログな方法で意見を伝えて欲しい」「予約が大事」、アニメ・ゲーム業界関係者が語る現場の実態


松山:ゲーム業界って謎が多くないですか?前の年に出たタイトルが翌年別のハードで出たり、「より完全版」として出たり……ああいうのもちゃんと理由があるんですよ。それぞれに事情は違うと思いますけど、売り出している側は、お客さんに喜んでいただけるようにと思ってやっています。他のハードで後で出てしまうのは残念かもしれませんけど、最初にソフトを手にしたときはすごくワクワクドキドキしたと思うんです、その自分を否定しないで欲しいです。


 発言者に間違いがないのであれば、これはサイバーコネクトツー代表取締役の発言だったようだ。
 前にも書いたけど、私は別に移植(ベタ移植)を否定するつもりはまったくない。同じゲームを遊ぶ仲間が増えるのは大歓迎だ。問題は移植の際に追加要素をつけることだ。ソフトの付属物に色々ついてくるのは別に構わないが、ゲーム内容そのものに追加される要素があって、しかもそれが移植前の機種ではまったくフォローがされないというのでは、前の機種のユーザーが納得できないのはあたり前だろう。その意味ではシュタインズゲートの対応は良心的だ。
 「最初にソフトを手にしたときにはすごくワクワクドキドキしたはずだ」というのは、ユーザーが言うのはいいけどメーカー側は言っちゃいけない台詞だ。最初ワクワクドキドキしたんだから、その後どんな展開になろうがユーザーは黙って全て受け入れろ、と言ってるように聞こえるからだ。ワクワクドキドキした自分を否定していないからこそ、裏切られた時に怒りを感じるのだ。


松山:けっこう予約も手間だと思います。内金を払わないといけなかったり、名前や住所を書かないといけなかったり、どうせ発売日にお店に行けば買えるというのもあります。でも、もしゲームメーカーを応援したいというのがあるのであれば、一番いいのは予約です。とにかく、予約してください。


 完全版商法の話をした直後に自分のソフトの予約を促すっていうのもすごい流れだけども。
 松山氏のこの二つの発言には共通点があって、ぶっちゃけた発言をしているように見えるが、実は「完全版が出ることには理由がある」「メーカーを応援したいなら一番いいのは予約」と言っていながら、その結論に至るプロセスにまったく言及していない。「なぜ、要素を追加した完全版を出すのか」というのに対しては「それぞれ事情は違う」といっているだけで具体的な理由は一つも挙げていないし、予約すると何故メーカーの応援になるのか、そこの理屈も説明していない。


 発売前にソフトを予約すること、発売直後にソフトを手に取ってワクワクドキドキすること、これはソフトの中身の出来にまったく関係がない。買ってみたらクソゲーだった。やってみたらバグだらけだった。こういう場合、メーカーは(そのソフトの売り上げに関しては)痛くも痒くもない。なぜなら、プレイしてバグだらけ、つまらない、と気づくのは「買った後」つまり、売り上げに貢献した後だからだ。ユーザーが「これはつまらない! バグだらけだ!」と何らかの手段で表明して、初めてメーカーの売り上げに影響を与えうるのだ。
 穿った見方をしてしまえば、ソフトを予約しろというのは「ソフトの出来如何を問わず、他人の評判など気にせず発売日に買え」という発言とも解釈できる。
 そんなわけで、私は品薄が予想される製品以外予約はしない。私は店頭でのソフトとの出会いを大事にしている。本と一緒だ。ネットでの評判を見て、店頭でデモを見て、店頭でのディスプレイのされ方を見て、買う。予約する時点ではいずれも調べようがないことだ。
 

 それはさておき、本当にバンナムの社員なのは富澤氏だ。彼は本当はどんな発言をしていたのか、拾ってみよう。


Q:ソフトに同梱されているユーザはがきの返信率でどうなんでしょうか?

富澤:何%か知りたいですか……本当に数%ですよ。送っても何かもらえるわけでもないですし…

富澤:返信率は年々下がっていますけど、いただいた意見は次作への参考にさせてもらってます。自由記入欄だとプロデューサーや開発チームが目を通していて、全ての意見を聞けるわけではないですが、そこからヒントをもらうこともあるので大事にしています。 


 このトークイベントの参加者がほぼ口を揃えていうのが「ネットでの書き込みより、手紙で感想をもらった方がいい」というもの。理由は「ネットの書き込みだと拾いきれない」「年配者が理解できない」など色々挙げられているが、一つ意図的にかそれともたまたまなのか、参加者の誰も触れていないことがある。
「アナログな反響(メーカーへのファンレター、あるいは手紙の自由記入欄に記入して返信)は、メーカー以外の人間の目に触れる機会が絶無である」ということだ。
 例えば「このゲームはつまらないです、お金返して!」とか「バグだらけだぞ、何とかしろ!」という手紙をメーカーに送っても、メーカーはそれをユーザーに対して公表するわけではない。やり取りは「そのユーザー個人とメーカー」だけの間にとどまる。
 しかし、ネットに感想を書けば、それへの反発、同意など、他のユーザーからの反応が巻き起こる。アナログな手段ではそれが起き得ないのだ。


 アイドルマスター2がアレだけの騒動を起こした直後のこのタイミングで「アナログな方法で意見を」と言われると、繰り返しになるが「ユーザー同士の横のつながりなど、メーカーには不要だ」と言われているようで、正直あまりいい気分はしない。ましてや先の発言の後にこの発言が繋がると「ユーザーはゲームの出来如何に拠らずソフトを予約してネットの評判など気にせず買え。買ったらメーカーに感想を送るのはいいが、自分の意見をネットで広めるな」と主張しているようにすら思える。
 あまりにもひねくれた解釈かもしれない。アイマスファンにとっては9・18事件はそれだけ──メーカー不信に陥るには十分なほどに──ショッキングな出来事だったのだということでご容赦いただきたい。


 それにしても


いただいた意見は次作への参考にさせてもらってます。自由記入欄だとプロデューサーや開発チームが目を通していて、全ての意見を聞けるわけではないですが、そこからヒントをもらうこともあるので大事にしています。 


 ネットという手段で集められたとはいえ、「署名」だってユーザーからのれっきとした「意見」だ。自由記入欄もちゃんとある。しかも、その数は8000人、ユーザー全体からすれば数パーセントどころではない割合だ。ユーザーが自主的に、わざわざネットの意見を拾い集めずとも読めるようにまとめた「声」だ。ユーザーからの意見は大事にするというのであれば、あの署名についても、8000人分の意見として、その言葉通りちゃんと大事に扱ってもらいたいものだが、さて……?