それ世界史関係ないし……

Role&Roll Vol.107

Role&Roll Vol.107


 連載なくなったと思ったら今号は掲載されていた「中世“非”幻想辞典」。今回はカタリ派のお話。今まで読んだ人から散々「この記事をどう実プレイに活用したらいいかわからない」と言われたこととはたぶん関係ないんだろうけど、今回の記事には「シナリオのネタになりそう」とか「シナリオに応用できそう」なんて言葉がしつこいほど出てきて思わず笑ってしまった。
 “淫蕩にふける邪教団退治を依頼されたが依頼側の偏見であり、実態は単なる自然崇拝者たちだった”“富に関心のない教団の残した埋蔵金の探索”“邪教と思われた僧侶たちと、放浪の吟遊詩人たちが、盗賊ギルド的なネットワークを形成していた”なんていうシナリオへの応用が利きそう、と書かれていて、シナリオにまるで使えないアイデアを載せられるよりは確かにマシなんだけど、そもそもこれらのアイデアを活用するのにカタリ派の知識って必要なのか? カタリ派を知らなくても上記のアイデアは浮かぶと思うし、仮に知っていたとしてもGMだけが知っていてプレイヤーだけが知らなかったとするとGMの一人よがりになる可能性がある。こういう現実世界の知識って、結局GM、あるいはそれぞれのプレイヤー間の知識格差を広げかねない。
 一言で言うと「TRPGのセッション中に他人の薀蓄語りが聞きたい人はいない」。だからこそ、そういう知識が不要なゲームが多くなっていったんだと思う。私がこの連載記事に抱く最大の疑問点はそこなのだが、この人が挙げる「TRPGに現実の中世の知識を持ち込む」メリットって「深みが出る」とか「厚みが出る」とか、抽象的な表現ばっかりなんだよね。逆に言えばこの著者は「現実の中世の知識に裏付けられていない物語には深みや厚みを感じていない」っていうことも意味するわけなんだけど……。


 それと、もう一つの問題は欄外に書かれたこれ「本記事では信仰の問題を扱っていますので、創作や実プレイへの応用の際には、適切なご配慮をお願いします」。
 いや……注意書きしないよりはいいんだけど、その「適切なご配慮」の具体的な中身を書くのがノウハウ記事の役目なんじゃないの……? そんなのケースバイケースだろ、とライターは思っているのかも知れないけど、実際他社のノウハウ記事には具体的に書かれてるからなあ。この記事に書かれていなくていい理由にはなっていない。それに、このライターの人はこんなこと書いてるけど実際書いたウォーハンマーのリプレイがあんなんだったしなあ。あれのどこが「適切な配慮をした結果」なんだろうか。
 ちなみに、私の考える「具体的な配慮」は「アイデアを使う時に、元ネタがキリスト教カタリ派であることを明かさないこと」なので、ますます「現実世界のカタリ派について学ぶ必要」は薄くなるんだが……。