カザン帝国(トンネルズアンドトロールズ、ドラゴン大陸)


トンネルズ&トロールズ 第7版 (Role&Roll Books)

トンネルズ&トロールズ 第7版 (Role&Roll Books)


 この、日本で翻訳された文庫本TRPGの中で最も古いゲームにも(基本ルールブックにこそ記述はほとんどないが)帝国が登場する。以前のエントリでちょっと紹介したが、ドラゴン大陸のカザン帝国である。


 カザン帝国は悪役である。事情があって位置はわかりづらい。あえて言うなら西。


 トンネルズアンドトロールズの舞台となるドラゴン大陸は、日本のオリジナル展開であるハイパートンネルズアンドトロールズでも冒険の舞台として使われた。しかし、なぜか本国版と日本版では地図が違う。同じ世界の別の場所という設定になっているが、本国版はその後日本版と関係ない展開をした挙句舞台が宇宙まですっ飛んでしまった。日本版ではカザン帝国と冒険の舞台となる場所は結界で隔てられ行き来ができない設定だったため、帝国の脅威とは無縁なように思えるが…オールドゲーマーで「カザン」という名前に聞き覚えのある人は結構多いはず。
 全てはソロアドベンチャー「カザンの闘技場」のせいである。このゲームブックで無茶苦茶な要求をされたり無茶なバトルを強いられた人は多く、この一冊でも(カザン帝国の脅威はともかく)女帝レロトラーの無茶苦茶さ加減はよくわかるはずだ。

マーモ帝国(ロードス島戦記、ロードス島)



 さて、TRPGを知っている、やったことがある人の中で、TRPGで悪の帝国と言われたら、真っ先にこれを思い浮かべる人が一番多いだろう。


 皇帝ベルド率いるマーモ帝国はまさに悪役である。ただし、位置は地図の南。


 ロードス島における様々な事件の発端となるのはマーモがカノンに侵攻した事件である。それが一区切りつくのがカノンとマーモが解放された時点であることからも、マーモ帝国が物語の鍵であることは間違いない。
 ところが意外なことに、マーモ帝国の版図はそれほど広大ではない。カノンの全領地を合わせても、アラニアとモスの合計にも達しないくらいだろうか? 散発的なゲリラ活動を行うためマーモの軍人はロードス島中に広がっているものの、マーモ帝国が滅ぼしたのは結局カノン一国にとどまる(ヴァリスと戦争はしている)。
 ロードス島伝説で明かされたベルドの真意やファラリスの教義を鑑みると、元々ファラリス信徒の帝国主義というのは成り立ちづらい。ファラリスの教えは極端な実力主義、極端な自由主義であるが「力で上回ればいつでも皇帝の首を獲っていい」という国では初代の(つまりベルドの)強大なカリスマがなければ国家を統治できない。現にベルドの死後、マーモは合議体による統治制に変わっている。

「厳格な神の教えによる禁欲的な市民生活、王権は宗教指導者を兼ねるか、またはそれによって任命される絶対君主制

自由主義国家、支配形態は集団による合議制」

 こう並べられると、どっちが帝国だかわからなくなってくる(もちろん上がヴァリスで下がマーモ)。後継者を巡って血で血を洗う宮廷闘争などというのも帝国のお家芸だが、それもアラニアやモスしか存在しない。
 また、こうして見てみると、フレイムという国家がマーモの影写しであることもよくわかる(カシューとベルド、バグナードとスレイン、アシュラムとスパークを比べてみればよい)。マーモはベルドが皇帝を名乗ったために帝国と呼ばれるが、フレイムを帝国と呼ぶ人間はいないだろう。

 マーモは、日本のファンタジーT}RPGに大きな印象を残した帝国であるが、実は歴史などにみる一般的な「帝国」のイメージとは違う、変則的な帝国像であることがよくわかる。

帝国不在の世界?


ソード・ワールドRPG 完全版

ソード・ワールドRPG 完全版


 さて、フォーセリアサーガのメインストリームであるソードワールドRPG(ここで触れるのは1の方)には、帝国がない。皇帝を名乗る人間がいないのだ。外部に対して積極的に侵略戦争を仕掛ける国家もあまりない(ロドーリルくらいか?)。後にソードワールドRPGでロードス島を遊ぶために発表されたアドインをみる限り、これはゲームデザイナーの設計思想の違いに起因すると見られる。
 ロードス島戦記のデザイナー、水野氏はヒロイックなTRPG,英雄の存在を好む。派手な展開もご都合主義も大好物である。ロードス島戦記で「最初から最後までただの冒険者」だった登場人物がどれだけいるかを考えればよくわかるはずだ。
 逆に、アレクラスト大陸のメインデザイナーである清松氏は、ヒロイックな展開や英雄物語を好まない。レベル10近いサンプルキャラクターでも一冒険者であることは珍しくないし、彼がマスタリングしたキャンペーンの登場人物が国家の中枢や英雄的立場にいることはまずない。

 そして、フォーセリアにおけるもう一つの「帝国」も、水野氏がデザインしたものである。

ベルディア帝国(クリスタニアRPG、クリスタニア)


クリスタニアRPG (fukkan .com―ブッキングTRPGシリーズ)

クリスタニアRPG (fukkan .com―ブッキングTRPGシリーズ)


 ロードス島を逃れたマーモ帝国の生き残りが新天地で作り上げたのがベルディア帝国である。


 ベルディア帝国は悪役である。位置はクリスタニア大陸の(西に近い)北西である。


 ベルド皇帝の個人的なカリスマに率いられる帝国だったマーモ帝国と同様、ベルディア帝国も漂流王の個人的なカリスマによる帝国である。しかし、帝国として成立し、存在している期間の長さで言えばこちらの方が遥かに長い。しかも漂流王は不死であり、永遠に君臨しつづける存在だ(彼は皇帝と名乗ってはいないが、なぜか国の呼称は「帝国」)。
 クリスタニアにはダナーンしか王国がないため、ベルディアがどこを滅ぼしたとか征服したという、地図の上でのわかりやすい目印はない。だが、やはりその版図は決して広くはない。
 マーモもベルディアも、人口の割に征服欲が強い、というか外征せざるを得ないのには理由がある。妖魔の繁殖力が強すぎて、戦争で数を減らすか増えた数を養う領土がないと、国家が内部崩壊を起こしてしまうのだ(ベルディアは最後に妖魔王と決別してこのジレンマを解決したが)。

 ベルディア帝国はいわばマーモ帝国の改良版である。マーモ帝国の勢力が敵として登場しても、それはダンジョン内部にいるゴブリンやコボルド、あるいはダークエルフと同じでしかなかった。仮にマーモの騎士が敵になっても、PCの騎士と同じデータしか持っていない。遭遇した瞬間「こいつはヤベえ!」という危険を肌で感じさせる、わかりやすい強さがないのだ。
 しかし、ベルディア帝国にはわかりやすい記号がある。猛虎の民のタレント(特殊能力)である。
 PCもタレントそのものは使えるものの、猛虎の民のタレントは破格に強い。人間の姿のままで通常武器を無効にする「インヴァルネラビティ」、短距離をワープできる「リープ」等々…。実際猛虎の民をPCにするキャンペーンもプレイしたことがあるが、強かった。

 私はフォーセリアサーガではクリスタニアが一番好きだが、その魅力の一つがこの「ビーストマスターのタレント」である。悪役のタレントは強い、というのはシンプルでわかりやすい。
 作品の展開が終わってしまったのが残念である。