「闇堕ち」の話

 先日、書店でこれを見かけて購入した。発売を心待ちにしていた一冊だった。



 といっても、私はダントラ2−2はプレイしていない。ダントラ2の設定資料集が欲しかったが、単独では出版されなかったのだ。そのため、2−2についてはほとんど予備知識のない状態で、資料集を読んだわけだけど……。まさか、登場キャラが新顔の2人を除いて全部前作と共通だとは思わなかった。
 一応付け加えると、私はウィザードリィでもマップだけ変わっていれば新作と認めるくらいなので、別に新キャラが少ないことに異論はない。もっと言えば、私にとってVita本体を買う一番のモチベーションになりえたのはこの作品だった。しかし資料集をつらつらと眺めたり、アマゾンレビューを読んだりして気づいたことがある。


 もしかして、ダントラ2−2のテーマが「闇堕ち」になったのは、もしかしてダントラシリーズの構造的な問題があったから、なのだろうか。


 ダンジョントラベラーズは、その前身であるファイナルドラゴンクロニクルの頃から「仲間候補のキャラが敵で登場し、これを倒すことで仲間になる」という図式で続いてきている。これは、倒すことで仲間候補キャラのサービスショットが拝めるという、ゲームシステム上の要請からこうなっていたといってもいい。ただ、前作で仲間になる段階で、ストーリー上の対立関係は一旦解消してしまっている。
 つまり、前作のキャラが継続して登場することが決まった時点で、何らかの形で再度敵対する理由が必要になる。だから「前作の主人公たちがラスボスに負け、闇堕ちしたifストーリー」という設定になったのではないだろうか。逆に言えば、キャラを総取替えするか、あるいは仲間候補キャラと戦って仲間にするという構図のどちらかが変更されていれば、設定は変わっていたかもしれない。
 前作を知らないプレイヤーに対する導入としては、主人公が記憶喪失という方が無理なく状況説明ができるのは確かだ。続編でありながら、前作主人公が無双して今作主人公の影が薄くなるなんて作品よりは、ダントラ2−2の設定の方がプレイヤーフレンドリーだとは思う。


 ただ、私はダントラ2−2の設定を見て、聖剣伝説3のリースを思い出したのである。

竜将リース

 先日TGSで、聖剣伝説2がリメイクされるとニュースリリースされた。「聖剣伝説3の方が好きなんだけどな……」と思いつつ、ネットをフラフラと眺めていたら、こんな記事を見つけた。


竜将リース


 聖剣伝説のソシャゲ版と聞くだけで、うーんという感じだが、展開がまた酷い。

 最後は僅かに自我を取り戻した折に、勇者に風のたいこを渡し、自らは絶壁に身を投げるという悲劇的な結末を迎えた。


 念のために裏を取りたかったが、ソシャゲなので不可能だった(これだからソシャゲは!)。しかし、仮にこのストーリーのとおりだったとすると、ちょっと作家を問い詰めたいくらいである。


竜将リース by 神童隼斗 on pixiv


 確かにリースのフェンリルナイトは魅力的なキャラだ。似たようなキャラで、ブランディッシュVTのクレールという私が好きなキャラがいる。二人の共通点は「闇への道を自ら選んだ(あるいは選び得る)キャラだ」という点だ。滅ぼされたローラント王国を復興するため、あるいは「神の塔」を突破し、自分が何者であるかを確かめるため、あえて自らの意志で光の道を捨てて闇の道を選ぶ。ヴァナディースへの道、あるいはLAWルートへの道がありながら、自分の目的を果たすためにはそれでは足りないと悟り、闇の道を進む。クレールの場合には選ぶ道によってストーリーすら変わってくる。だからこそ魅力的なのだ。



 これが「敵に洗脳されて無理矢理やらされてます」では魅力は半減する。ましてその先に救いがないのではなおさらだ。薄幸のキャラだから酷い目に遭わせておけば人気が出るだろう、くらいの理由でこんなストーリーになったのだとしたら、安直すぎる。自ら選んだ道だからこそ、報いが自らに返ることに違和感がないのだ。洗脳されて、その結末が自裁では哀れなだけで、見る側としては不快にしかならない。洗脳されるに至る、因果応報的な展開が用意されているなら話は別だが、そうは見受けられない。というか、検証できないのでどうしようもない。

「悪堕ち」と「闇堕ち」?

 そもそも「○○堕ち」という言葉自体、安直であまり好きではないのだけど、分かりやすいのであえて使うとすれば「悪堕ちと闇堕ちは違う」となるだろうか。
 ダンジョントラベラーズ2−2は、奇しくも聖剣伝説3と同じ展開になっている。ゲームシステム上、それぞれのキャラはキャラクタークラスとして光と闇、どちらの道を選ぶこともできる。例えばメインヒロインのアリシアであれば、ヴァルキリーとダークロードだ。でありながら、どっちの道を選んでいようとも、今作では問答無用で洗脳されて、敵として登場する。もちろん、メタな見方をすれば、キャラクタークラスにおける光と闇は性能にしか反映されず、ストーリーには全く関係ないわけだけれど。
 もちろん、ストーリー上でちゃんと救済手段が用意されているダントラ2−2の方が、ソシャゲ聖剣伝説よりは何倍もマシなので同列には語れないが、アリシアのダークロード姿と洗脳後の姿を見比べていると、どうしてもローラントの悲劇の王女を思い出してしまうのだ。


 ──ダンジョントラベラーズの話はまだ続きます。