これは、創造の神の物語である

最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス〜想像力の帝国〜

最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス〜想像力の帝国〜


 書店で最初にこの本を見かけたとき、正直に言えば、一瞬躊躇した。2700円という価格は、ハードカバー書籍としても、一人の人物の伝記としても、決して安くはない。しかも、ゲイリー・ガイギャックスの事績は我々のような人間には「有名な話」であり、彼が何を作り、何を成したかは、すでに自明のことだからだ。
 しかし、それでも結局私はこの本をレジに持っていった。私がゲイリー・ガイギャックスから受けた影響は絶大なものだったからだ──2700円を支払うには十分なほどに。
 この本の「山場」は3つあり、それは読者の興味とほぼ一致する。すなわち「D&Dがいかにして作られたか」「D&Dが“悪魔のゲーム”と呼ばれたとき、彼は何をしたか」そして「彼はいかにしてTSRを追われたのか」である。

D&Dはいかにして作られたか

 まずは、ゲイリー・ガイギャックス(本書では「ゲイリー」と表記されるが、本エントリでは以下「ガイギャックス」と表記する。なお、以下のエントリに記すページはすべて本書のページである)がいかにしてD&Dというゲームを作ったか。
 原型となる「チェインメイル」というウォーゲームが存在したこと、デーヴ・アーネソン(一般にはデイヴ・アーンソンとも)と協力してD&Dの原型を作り上げたことは知っていた。ただ、二人の役割分担については少々誤解していた。D&Dの最初の世界設定と呼ばれる「ブラックムーア」がデーヴの作品とされることから、ルールを作ったのがガイギャックスで、世界設定を作ったのがデーヴだと思っていたが、どうもそういう訳ではないようだ。

 アーネソンはものすごいアイデアマンだが、パーツとパーツを組み合わせてまとめあげるのは苦手らしい。そして間のいいことにこれこそゲイリーの得意分野だった。(P114)

 アーネソンの見たゲイリーは、自分のアイデアを形にするのを助けてくれ、しかもゲーム界への相当しっかりしたコネとその他の有形無形の資産を提供してくれる有難い相手だった。(P115)

 ほか、世界設定だけでなくダンジョンマスターの概念なども、ほぼデーヴのアイデアだったようだ。ただ、それをD&Dという製品にするにはガイギャックスの助けが必要だったということだろう。


 このエピソードを読み、私はジョブスとウォズニアックを思い浮かべた。

悪魔のゲームと呼ばれて

 もう一つ、ガイギャックスを語る上で欠かせないのがジェームス・ダラス・エグバート三世の失踪事件、すなわちD&Dプレイヤーの失踪事件である。
 前にGIGAZINEの記事でも紹介したとおり、これはアメリカでは社会問題となった有名な事件である。すなわち、D&Dを遊んでいた少年が突然失踪したというものだ。TRPGがどんなものか知っている人間ならば、TRPGと失踪に因果関係があるとはまず考えないだろうが、当時TRPGの知名度が低かったころ、しかもTRPGというホビーが、それを知らない人間には極めて説明しにくいものであることから、バッシングを受け、今でいう完全な炎上案件になってしまったのである。
 中にはD&D書籍を火にくべたら、その本が叫び声をあげた」(P186)だの「このゲーム(D&D)を遊ぶ者は実際に体から抜け出し、意識を失う」(P183)などというとんでもないことを言い出したものもいるらしい。GIGAZINEの記事に登場する探偵は有名な人物らしく、本書でもそのいい加減な言動を糾弾されている(P182)。また、TRPGの危険性を指摘した医師が二度も医師免許剥奪を受けるような問題人物であったことも指摘されている(P187)。
 要するにD&Dは、日本でいうゲーム脳などと同様、反対運動で儲けようという人間の餌食にされたのだ。ただ、私にとって意外だったのはその先の記述だ。

 結局D&Dは狭い分野での成功を収めたものの、主流となる道を永遠に閉ざされてしまったのである。(P188)

 前にも書いたとおり、映画E.T.ではD&Dのプレイ風景が描かれている。何しろコンピュータRPGより前にTRPGがあった、本場の国だ。しかし、そのアメリカでにおいても、TRPGは、そしてD&Dは主流ではないという。日本に比べれば遥かに知名度が高いように感じていたが、ガイギャックスの伝記の著者という立場にある人物がそう感じているのなら、事実そうなのだろう。

TRPGの生みの親は、いかにして自分の会社を追放されたか

 さて、実はこの伝記の冒頭はガイギャックス誕生から始まるわけではない。冒頭に採用されていることからも、この伝記の主眼が“そこ”にあることがわかる。
 すなわち、D&Dの生みの親であるガイギャックスが、いかにして自分の作り出したTSRから追われることになったか、だ。
「かつては同じ夢に熱中し、ともに語り合った仲間が、ビジネスが巨大になり金が動くにつれて、考え方の違いから袂を分かち敵となり、泥沼の争いを繰り広げる」──黎明期のゲーム会社でも漫画ビジネスでもよくある話だ。
 ただ、本書で名指しされているロレーン・ウィリアムズとの一連のやり取りについては、むしろD&Dの誕生にまつわるエピソード同様、アップルのそれを想起させる。
 本書の記述を信じるならば、彼女は「ゲーマーのことをずっと軽視している」「ゲームのことを理解せず、さらにその製品も、製品を販売する対象のことも好きではない」(P227)人物だ。しかし、TSRの経営の主導権を握るため、社の財務状態を改善するために彼女を呼び込んだのは紛れもないガイギャックス自身だ。これは、経営を改善させるために自らスカウトしたジョン・スカリーによって社を追われたジョブス、という構図によく似ている。
 しかし、ジョブスと決定的に違うのは、ガイギャックスは二度とTSRには戻れなかったし、ガイギャックスがいなくなった後、TSRの経営はズタボロになり、最終的には買収されてしまったことだろう。
 ガイギャックスがTSRを追われる直前、彼は映画化など、今でいうマルチメディアビジネスに力を入れようとしていた(P207)という。それが経営をさらに悪化させた可能性もある(本書ではそこまで断定的には書かれていない)。しかし、なぜ? 共同経営者の中にはD&Dを遊ぶことを止め、ビジネスに傾倒していた」(P195)という者もいた。しかし、晩年まで仲間内でゲームをしていたというガイギャックスに、マネーゲームのイメージは薄い。そこもジョブスと大きく異なる点だ。ジョブスには商才があったが、ガイギャックスは良くも悪くも「ナードの大将」(P300)だった。商才があったとはお世辞にも言い難い。


 本書の時系列順のガイギャックスの事績を眺めると、一つの推測ができる。 ガイギャックスは、一部の利己的な人間たちによる根拠のないネガティブ・キャンペーンによって傷ついたD&DとTRPGのイメージを変えたかったのではないか? そのためにビジネスで無理をしてしまったのではないか? 繰り返すが、本書においてはこの二つの事実は関連付けられていない。しかし、こう書かれている。

 結局彼は、この八十年代のみならず、一生に渡って、声高にD&Dを擁護せねばならなかったのである。(P187)

 心無い人々によってD&Dに掛けられた呪いを解こうと必死になったことが、巡り巡って彼からD&Dを奪い去る一因になったのだとすれば、これほど皮肉なことはない。もちろんこれは、ただの私の想像である。

世界を創った男

 ガイギャックスは、自分の創ったゲームへの悪評と戦い、自分の会社を追われ、以降D&Dに関わることはできなくなった。それは彼の死まで変わることはなかった。では“アップルに舞い戻ることができなかったジョブス”はいったい何を成し得たのか? 答えは「全て」だ。以下、本書から引用する。

 アーネスト・ゲイリー・ガイギャックスと彼の生み出した『ダンジョンズ&ドラゴンズ』が大衆文化に与えた影響はどれほど大きく言っても言いすぎということはない。ちょうどトールキンがファンタジーというジャンルをメインストリームの文化に組み込んだように、ガイギャックスはRPGとそこから派生したさまざまな概念を人民大衆にもたらした。RPG産業はD&Dから生まれ、すべてのRPGはD&Dの直接間接の影響下に生まれた。(P287)

 ここで言われているRPGとは、TRPGだけのことを指してはいない。コンピュータRPG、オンラインRPG、全てを含む。前にも書いたとおり、ウィザードリィも、ウルティマも、ドラゴンクエストも、ファイナルファンタジーも、ガイギャックスがいなければ生まれることはなかった。彼は経営者としては有能ではなかったかもしれないが、創造者としてこの上もなく偉大な人物だった。世界の、何千万、あるいは何億という人々に影響を与えた(彼の事績をより詳しく知りたい人は是非本書を読んでほしい)。彼の作品の影響を受けた人々が成長し、様々な場所で活躍することで、彼が戦った悪評もまた消えていった。今もなおRPGは悪魔崇拝のゲームだという人間は少ないだろう。だが彼自身が、生み出したものに相応しい評価を得られたかと言われれば、それは疑問だ。
 彼に比べれば「売れないから続編は書きません」と嘯く日本のクリエイターはどんなに幸福なことだろう。少なくとも、書くか書かないか自分で選ぶことができるのだから。数々の裁判を抱えたガイギャックスにはそれすら許されなかった。関わりたくても関われなかったのだ。
 しかしある意味で、会社が代わり、クリエイターが代わったからこそD&Dは生き延びたのだとも言える。「手芸会社にまで手を出した」(P217)という、買収寸前のTSRの惨憺たる有様を見る限りは。


 ガイギャックスにとっては不本意だったかもしれないが、彼が生み出したものは今もなお生きている。比肩しうる者なき彼の事績は、色褪せることなく燦然とゲーム史上に輝いている。

「先週ゲイリー・ガイギャックスが死んだというのに世界は砕け散らなかった。これは驚くに足ることであった。彼は世界の創造者だったのだから」(P294)

追伸

 なお、本書については妄言銃さんも書評を書いているので、是非そちらも。っていうか私のエントリとかどうでもいいのでむしろそっちだけ読んでください(笑)。


想像力の帝国