毎日更新は凄い


 このピアノのくだりはなんとかならないんだろうか……(笑)。

よくある勘違いでございます

togetter.com

なんならエルフの耳は長いというのも日本発祥


 あそこまで長くはなかった、というだけで、英語版D&Dの頃には(多分もっと前から)既にエルフの耳は長いです。

冒険者ギルド」も日本独自(というかソード・ワールドが起源)でしたか


 ソードワールド1.0に冒険者ギルドは存在しません。あるのは酒場の延長上にある「冒険者の宿」です。組織でもありません。

イスラムの世界魚は日本でメガフレアを放つドラゴン化→そして世界へ


 だから! バハムートはAD&Dの時点でドラゴンだし、FFはそれをパクってるんだって! なんならビホルダーもマインドフレアもみんなAD&Dのモンスターマニュアルからのパクりだよ!(笑)

TRPGにおけるヴィランとは(その3)

 前回の「その2」のエントリの続きである。

 私はこの「神我人」というちょっと変わったキャラを、ヴィランとして自分のキャンペーンに登場させられないか模索し始めた。
 といっても、神我人は原作の天地無用シリーズだと、第1期の5、6巻という僅かな期間しか登場しないキャラである。TRPGのキャンペーンに登場させるには設定が足りない。
 そんなわけで、私の中の神我人のイメージに近い、別作品の別キャラの一部設定も取り込んでいった。
 結果的に造形されたキャラクターに近いのは、恐らく幽遊白書の樹の「仙水がただ堕落していくのをそばで見届けたかった」という部分、そして当時はファンだった劇場版機動警察パトレイバー2に登場する柘植行人の「東京に戦争状態を作り出すことを、手段ではなく目的としていた」あたり。当時は未読だったが、名探偵ポアロの「カーテン」の真犯人にも似ている。トーキョーNOVAでいうと(ケリーを堕落させた)“白い針”スティンガーやサーディク家が近い。
 自分が得たい知識のために手段を選ばず、他者を扇動し、しかし自分は表には出てこない。NOVAならペルソナはクロマクで、キャンペーン初期にはPCへの依頼の仲介者として登場することもあるが、裏には自分の歪んだ知識欲を秘めており、後には扇動された依頼者共々敵に回る。クロマクでも“腹心”はおらず、他者を信用せず、徒党を組まず、最終的にはPCの前には自ら剣を持って立ちはだかる──そんなキャラである。
 NOVAだけでなく、ギア・アンティークでもGURPSでも、名前を変えて登場させた。しかし外見はわざと変えなかった(「モノクルをした学者風の長身の男」)ため、プレイヤーたちは登場した瞬間それとわかっていたようだ。



 転機が訪れたのは、またしても無印・天羅万象においてだった。私は、この「神我人のようなヴィラン」を天羅でも登場させたかったが、どうしても上手くいかない。理由を色々考えてみて、ふと気づいた。私はこのヴィランが、PCとの掛け合いで言い負かされるシーンを、一度も想像したことがなかったということに。

TRPGにおけるヴィランに最も必要なもの

 長々と書いてきてしまったが、私のアニメ遍歴などには興味がなく、ここまでのエントリを読み飛ばしたGMの方も、ここから先だけは読んでいただけると大変嬉しい。


 TRPGにおけるヴィランに一番必要なものは何だろう。リアリティ? 戦闘バランス? それらも大事だが、一番大切なのは「プレイヤーに気持ちよく勝たせる」ことだ。


 ところで、あなたのキャンペーンでヴィランとPCは言葉を交わすだろうか。徹頭徹尾、PCとヴィランが一言も会話しない、というキャンペーンは少数派だと思う。既存のリプレイなどでも、何かしら会話しているケースがほとんどだ。
 それを踏まえて先程の必要条件を考慮すると、ヴィランは単に戦闘でPCたちに敗北するだけでなく、それに先立つ会話でも、PCに敗北する必要がある。少なくとも決裂はしなければならない。戦闘前のやり取りでPCが完全に負けたまま、戦闘でヴィランに打ち勝つというのは、プレイヤーから見ればヴィランの勝ち逃げである。時代劇の悪役が形勢不利になって「斬れい、斬り捨てい!」と言い放つのと変わらなくなってしまう。


 もうお分かりだろう。ヴィランに必要なのはPCに言い負かされる「隙」であり、理論の「破綻」である。ヴィランが完璧な理論構築をしていてはいけないのだ。


 そう考えると、前出の「神我人のようなヴィラン」もロードス島戦記ヴィランも全員失格である。カーラの理論には隙がない。PCたちがカーラを言い負かすシーンは作中にない。*1アシュラムとバグナードも同様。しかも、サークレットの中で生き延びたカーラ、実は死んでいなかったアシュラム、ノーライフキングになったバグナードと、3人とも少なくともリプレイの範囲では「敗北」しない。勝ち逃げである。*2
 こう書くと、F見氏やY本氏は反論するかもしれない。「ヴィランが完璧な理論構築をしていても、プレイヤーがそれ以上の説得力で反論すればいい。プレイヤーがGMの想像を超えるのがTRPGの醍醐味だ」と。
 これは誤りである。なぜなら、GMとプレイヤーではTRPGにおける前提条件が違うからだ。GMはセッションにあたり、シナリオ作成に相当な時間をかける。その時間ずっとシナリオのことしか考えていない。それに対し、プレイヤーがシナリオに関する知識を得られるのはセッション中の数時間のみ。しかも、設定が存在するのはGMの脳内だけだ。いかに説明の上手なGMであっても、自分の脳内のシナリオに関する設定を、限られた時間で余すところなく説明するのは不可能だ。GMとプレイヤーのシナリオに関する知識の違いを考慮せずにセッションをすると、SNEのバトルテックリプレイのような目を覆わんばかりの惨状が現出してしまう。



 私がなぜ自分のヴィランを無印・天羅用に変換できなかったか。それはヴィランの行動原理が自己完結していて、プレイヤーに突っ込まれる隙がないせいで、因縁が作れなかったからだ。*3先に挙げたモチーフ元の作品とキャラを読み返していただければわかる。全員、作中で論破されたことのないキャラだ。天羅の業システムは、これを因縁というはっきりと見える形でGMに突きつける。残念ながら他のゲームでは可視化されないため、なかなか気づけない。それまで付き合わせてしまった、他ゲームのキャンペーンのプレイヤー諸氏には大変申し訳ないことをしてしまった。
 この「破綻のないヴィラン」は、GM専が長いと作ってしまいがちだ。一回こっきりの敵と違って、GMから見ると思い入れがあるので、ついつい「隙のない理論武装」をしてしまう。しかも悪いことに、この「破綻のないヴィラン」は、気づかないまま行くと本当にいつまでも改善されない。見た目上はセッションが明確な失敗にならないからだ。特に負けず嫌いなGMは嵌りがちな落とし穴で、実例を何人も見たことがある。私も天羅に出会わなければ、自分で気づけたかどうかは怪しいところだ。
 だが、この「破綻のないヴィラン」は、プレイヤーにはすぐにそれと気づかれる。「あ、GMはこのヴィランを『言い負かさせる』つもりがないな」というのは、会話すればGMの態度から一目瞭然だからだ。そういうヴィランとの掛け合いは非常にやり辛い。セッションは明確な失敗にならなくても、プレイヤーとしては不満を持ったまま解消されない。繰り返しになるが、戦闘で勝っても「PCが議論で負けたので逆切れしてヴィランを殺した」という構図から逃げられないからだ。アベンジャーズ/エンドゲームで、サノスを殺したはずのソーが酒浸りになったのと同じ状態だ。私自身、自分がプレイヤーとしてこういうヴィランに遭遇し、いかに対処しにくいか身に染みた。


アベンジャーズ/エンドゲーム(字幕版)

アベンジャーズ/エンドゲーム(字幕版)

  • 発売日: 2019/09/04
  • メディア: Prime Video


 いかに思い入れがあっても、長時間キャラ作成に掛けていたとしても、TRPGにおけるヴィランに最も大事なことは「負ける」ことだ。そして、戦闘で負けるというだけでは、その役割は半分しか果たされていない。それに先立つ議論でも、プレイヤーたちに花を持たせるべきなのだ。それだけで、多くのプレイヤーは気持ちよくセッションを終えられる。
 セッションを上手く進められるヴィランを作る最大のコツとは、「いかに『弱さ』を持たせるか」だ。「完璧な敵」を作ってはいけないのである。

*1:単行本リプレイの171ページあたりでプレイヤーは反論しようとしているものの、GM自身がやり取りを放棄してしまっている。

*2:ギムだけはレイリアの肉体を取り戻すために戦っており、目的を果たしている……と言いたいところだが、これは小説版だけで、新旧どちらのリプレイにも存在しない設定である。

*3:正確には「目的・知識の追求」のような因縁を無理やり作ることはできるが、PCのどの因縁とも絡むことができない。これに対して、天羅の「陰陽師」で同様に「目的/陰陽道の追求」のような因縁を持てば、陰陽道に不可欠なル=ティラエ(オニ)の心臓絡みで他のPCと積極的に絡むことができるように作られている。