TRPGと帝国(8)

 さて、昨日のエントリで意味ありげなことを書いてしまった。
 強大な帝国が存在し、それに抵抗する人々もれっきとして存在しながら、帝国自体はどんな国だかさっぱりわからず、その広大な領土がPCの目に触れることもなく、謎に包まれているゲームとは、どのゲームのことか?

 トーキョーNOVAである。「帝国」とは「日本」のことだ。

 近未来、“災厄”(ハザード)と呼ばれる天変地異が地球を襲い、地軸のズレや急激な気候変動により世界各国は致命的な打撃を受けた。世界でほぼただ一つ、新赤道上に位置しほとんどダメージを受けることのなかった「日本」は鎖国を開始。世界各国の非難の大合唱もどこ吹く風で、孤高の繁栄を続けた。
 ただ一つ、東京湾に建設された日本唯一の出島、トーキョーNOVAを除いては。


 というのがトーキョーNOVAの設定である。2ndエディションまで、NOVAでのいかなる団体・個人によるいかなる活動も黙認を続けてきた日本政府が、突如NOVA軍と呼ばれる日本政府の一部隊を率いてNOVA全域を制圧。傀儡の司政官を置き、表から裏からNOVAに介入し始めた…のが、3rdエディションにあたる「トーキョーNOVA・レヴォリューション」であった。
 2nd当時、NOVAは自由と退廃の街であるというところに魅力を感じていた者たちはNOVA軍の存在に反発した。“軍が圧政を敷くNOVAなどNOVAではない”。これは、PC(NOVAではPCを「キャスト」と呼ぶので、以降はそう表記する)だけでなくプレイヤーも同じ思いだった。オールドファンの中にはそれを公言する人もいたし、何を隠そう私もその一人だった。
 それが…レヴォリューションの息の長い展開、そしてそれに続くデトネーション(4th)までの間に、NOVA軍も司政官も、いつの間にかNOVAに受け入れられていた。キャストにも、プレイヤーにもだ。

 キャストレベルで言えば、軍のやり方に反発、抵抗する人間は今でも珍しくない。しかし主流にはならない。NOVA軍進駐後に立て続けにあった真教浄化派のテロ事件において、軍が治安の維持に一役買ったからか。
 「戦車のある風景」に最初は威圧感を感じても、やがてその風景が日常になるように、NOVA軍もまたNOVAの一部になった。それこそが、彼らの望んでいたことだったのかもしれない。

 だが、忘れてはならないことだが、彼らは極めて強力だ。組織単位で言えば間違いなくNOVA最強の部隊であり、比肩し得る者はいない。特殊部隊「ミカヅチ部隊」は対電子戦部隊などその道のプロフェッショナル(陰陽術の部隊まである)が軒並み集まる部隊である。中でも「タケミカヅチ」は無類の強さを誇る。
 フリーランスではいくら金を積んでも手に入らない(金の代わりにそれなりの経験値が必要になる)高価な身体制御を埋め込み、超高性能全身義体に換装した彼らは、標準的なキャストが最初に行動する前に2回もフリー行動できるほどの強さを誇る。NOVAのシステムは相手の行動に対して防御行動を取ろうとするとどんどんジリ貧になるシステムであり、タケミカヅチに血の海に沈められたPCはまさに数しれない。(*1)
 かつて「NOVAに軍隊? ハッ、お呼びじゃねーぜ」とか嘯いていたキャストが、数々のシナリオで登場するタケミカヅチ部隊の強さを身を持って体感し、NOVA軍と聞いた瞬間ガクブルしだすまでに至る、その「NOVA軍の強さを身をもって知らせる」やり方は、まさに見事の一言だ。

 逆に、マスターやプレイヤーはどうか。
 かつてプレイヤーがNOVA軍の存在に抵抗感を抱いた理由は「(シナリオの)自由度がなくなる」という危惧があったからではないかと思う。昔のNOVAは何でもありだった。それが、軍の進駐によって行動の自由がなくなり、定型的なシナリオしか作れなくなるのではないか、と。
 しかし、蓋を開けてみればそうではなかった。実際にやってみると「キャスト対NOVA軍」という対立軸があった方が、シナリオが組みやすいのだ。
 トーキョーNOVAはキャラクター作成の自由度が高い。何でもありであるがゆえにキャストたちはバラバラな方向を向いており、それを一つの方向に導くには努力と工夫が必要だった。(*2)それが、NOVA軍の存在によってシナリオに一定の方向性を持たせることができる。大袈裟な話をしてしまえば、導入に困ったらNOVA軍にキャストが捕縛されたことにしてしまうという強引な方法だってある。
 さらに絶妙なのは、NOVA軍がNOVAにおける「悪役」であって「絶対悪」でないことだ。手法が強引だったり対立する場面があったりしても、究極的にはNOVA軍もNOVAの存続を望んでおり、キャストと手を組むことさえあり得るのだ(シナリオにもよる)。もちろん、貴方のキャストが真教浄化派のテロリストでなければ、だが。


 しかし…である。

 これだけの存在感を誇るNOVA軍だが、その背後にあり軍の派遣を決定した「日本」については何もわかっていない。現在、どのような状況になっているのか。何を知っているのか。何を目論んでいるのか。一切が不明、謎のままである。
 NOVA軍の将校は進駐にあたり強力なマインドブロックを施されるため、たとえ軍人を生きたまま捕らえる機会があったとしても、日本については何もわからないだろう。物理的、精神的、電子的、呪術的なあらゆる手段においてである。
 このマインドブロックが施されていないNOVA軍人は一人だけだ。NOVA軍司令官、和泉藤嵩大佐である。しかし…彼を生きて拉致しようとするくらいなら、これまで誰一人突破したことがないという税関ビル、イワヤトのゲートに特攻した方がましだろう。
 どのみち、ルールブック、サプリメント、シナリオを含めあらゆる媒体でこれまで日本について語られたことはないのだから、ゲーム中でどうにかしようとしたところで徒労に終わる。


 (皇帝が支配する帝国であるかどうかは不明であるが、天皇が健在なら間違いなく帝国だ)日本は悪役である。地図の(NOVAからみて)北に位置している。


(*1)私のキャストは自宅でログインして他のキャストをサポートするハッカーだったので、まさか生身の肉体に危険が及ぶことはあるまいとたかをくくっていたら、ハッキング中にNOVA軍のフセミカヅチ部隊に逆探知されて自宅を突き止められ、銃で撃たれて内臓破裂の重傷を負ったことがある。

(*2)俺のキャストのポリシーに合わないから、と全てのオファーを断っておきながら、キャストの出番がこない、と訳のわからない罵声を浴びせられたこともある。