バハムートとベヒーモス

 ところで、昨日のエントリで紹介したFF14のムービーに登場する「バハムート」と「ベヒーモス」。ご存知の方も多いと思うが実は「元は同じもの」だったらしい。Wikipediaに書かれているくらいだから結構有名なのだろう。私はかなり前に幻獣図鑑の荒俣宏さんがどこかで解説していたのを見たか聞いたかしたような気がする。


バハムート

バハムート(アラビア語 بهموت Bahamūt)とは、『ヨブ記』などに登場する怪獣の一種。ベヒモス(Behemoth、ビヒーモス、ベヒーモスとも)をアラビア語読みしたもので、由来はベヒモスと同一。ただしイスラム世界では伝播と伝承の中で変化し、巨大な魚の姿を与えられている。これに関しては、同じく『ヨブ記』にあるレヴィアタンの「海の怪物」の属性が混じっているためだと考えられる。


 この記事の編集者の人は、なんとダンジョンズアンドドラゴンズにまで触れている。

ドラゴンの姿をしたバハムートを生み出したのはアメリカのテーブルトークRPGダンジョンズ&ドラゴンズ』である。その中でのバハムートはプラチナ色の強力な力を持った神のドラゴンとして扱われている。なぜ魚からこのような姿へと変更されたかには諸説あるが、一説にはバビロニア龍神であるティアマトが『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では悪魔のドラゴンの王として出ているため、その対比として同じ水に関係のある神(魔物)の名を使ったのだとされる。

日本ではゲーム『ファイナルファンタジー』第1作に竜王としてドラゴンの姿で登場し、試練を乗り越えた者をクラスチェンジさせる役割を持っていた。その第3作でも黒いドラゴンの姿で登場し、作品中最上級の召喚魔法として扱われた。以降の『ファイナルファンタジーシリーズ』にもほぼ第3作と同様の位置づけで登場し続けている。また、その一方で本来同一であったベヒモスは、別の陸上型の巨大なモンスターとして登場している。日本ではその影響もあり、他のゲームや作品においてもドラゴンの姿で登場することが多く、本来の大魚型の印象やイスラム世界以前のようなベヒモスと同一視される傾向は極めて薄い。


 マニアックな説明を付け加えるなら、D&Dといっても日本で翻訳されたクラシックD&D(以下CD&D)にはバハムートは登場しない。ここで言っているD&Dとは、日本で翻訳されたタイトルでいうとアドヴァンスドD&D(以下AD&D)のことである。紛らわしい話なのだが、ホビージャパンから出版されているD&D第3版、第4版は種別としてはアドヴァンスドD&Dの系譜に属し、CD&Dの後継TRPGは存在しない(Windows98の次がMeで、2000と98の系統が違うのと似ている)。

 CD&Dには金赤青緑黒白の六色のドラゴンが登場する。並べた順がそのまま強さの順である。日本だとロードス島戦記にも五色の魔竜というのが存在する。恐らく緑、グリーンドラゴンが欠けていると思われるが、ロードス島戦記のシステムがCD&Dからコンバートされた時にデータも変更されたようだ(例えばエイブラは「水竜」ということになっているが、CD&Dに水棲型のドラゴンはいない。マイセンはゴールドドラゴンの変身能力を使ったことがない)。
 CD&Dの赤箱、ベーシックルールセットにドラゴンのデータは収録されていた。もちろんベーシックルールセットの範囲のPCではまるで歯が立たない相手なのだが、その後対象レベルが上がっていくとPCが強くなってドラゴンが相対的に弱い存在になっていく──と思ったら、後にコンパニオンルールセットで「実はベーシックルールで掲載したのは小型だよ。その上に大型と超大型がいるよ」と、レベルも能力も段違いのドラゴンが追加されたりもした。
 が、基本的に金赤青緑黒白の種別は大きさが変わっても変化しない。金色だけローフル/善の性格をしており、人間への変身能力を持つ。それ以外のドラゴンはニュートラル/中立かカオティック/悪であり、基本的には人間と敵対する存在だ(特に財宝を狙うPCたちにとっては)。色の違いは性格の他に「何のブレスを吐くか」の違いであり、赤は炎、青が稲妻、緑が毒ガス、黒が強酸、白が冷気のブレスを吐く。これらはそれぞれ効果範囲が違い、炎と冷気がコーン状、稲妻と強酸は直線、毒ガスが範囲上に広がる。

 この種別が思いっきり崩されたのがマスタールールセットだ。通称「宝石色ドラゴン」と呼ばれる、前述の六種のドラゴンにそっくりだが性格とブレスタイプだけが違うドラゴンが追加されたのだ。このため、それまでは「赤いドラゴン → 邪悪 → 悪・即・斬!」と即決できたのが、「赤いドラゴン → レッドドラゴンだったら邪悪だけどルビードラゴンだったらどうしよう?」と悩まされる羽目になった。*1

 しかし、それでもブロンズやカッパー、シルバーやプラチナという金属色のドラゴンは最後まで登場しなかった。マスタールールセットで龍の王は登場したが、名前は「サンドラゴン、ムーンドラゴン、スタードラゴン」(性格ごとに分かれる)である。もちろん、プラチナドラゴン=バハムートの名前も、CD&Dには登場しないまま終わった。

D&Dでは?

 ドラゴンランス戦記というAD&Dの小説を読んだ方なら、シルバードラゴン(シルヴァラ)、ゴールドドラゴン(パイライト)が登場したことを覚えてらっしゃるかもしれない。これらは善良なドラゴンとして登場する(金属色のドラゴンは基本的に善良)。しかし、竜槍戦争においては暗黒の女王タキシスに卵を人質に取られ、善悪どちらの味方もできないでいるという設定だ(ゲームブック「奪われた竜の卵」でそのあたりの事情は描かれる)。結局卵はドラコニアンと呼ばれる邪悪な竜の手下の半竜に変化させられてしまっており、激怒した善竜たちは竜槍戦争に参戦、善の勢力が勝利することになる。他にもカッパー、ブロンズなどのドラゴンが善竜の仲間として登場する。
 この「暗黒の女王」タキシスは、悪の神の一柱なのだが外見が「五色五本の首を持つドラゴン」と形容されている。これはAD&Dのモンスターマニュアルに登場するティアマットの外見そのままである。この五本の首から五種類全てのブレスを吐いてくる。作中でははっきりとは述べられないが、恐らくタキシスに対する善の神、パラダインがゲームデータ上はプラチナドラゴン=バハムートなのだろう。

 CD&Dのマスタールールセットが登場した頃、オフィシャルD&Dマガジンという公式サポート誌ではCD&DとAD&Dの違いがしきりに解説されていた記憶がある。ドラゴンの種類をあえて変えてあるのも、その一環だったのではないだろうか(覚えにくいことこの上なかったが……)。
 AD&Dのモンスターは世界各地の神話などから取り込んだ比較的メジャーなモンスターが多く、CD&Dはあえて特定の神話などの色を消した、オリジナルの世界設定で使いやすい(逆にいえば特徴がない)モンスターが多かったという印象だ。私自身英語版のモンスターマニュアルとマニュアル2を買って読んだ時、日本語版CD&Dのモンスターよりこっちの方が分かりやすいのにな、と思ったものだ。この辺りのいわば方針の迷走も、その後二系統のD&Dを統合する方向に進んだ理由の一つなのかもしれない。*2

閑話休題

 余談がやたら長くなってしまったが話を戻すと、FF1をデザインしたメンバーの中に英語版のAD&Dのプレイヤーがいたか、あるいは資料としてモンスターマニュアルを読んだ人間がいて、バハムートを登場させたのだと思われる。ついでにいうと、FF1にはティアマットも登場する。それどころか、FF1にはなんとビホルダーまで使われているのだ。これも有名なエピソードがあるのでご存知の方も多いと思うが、ビホルダーD&Dオリジナルのモンスターなので、ここから持ってきたことはまず間違いないだろう(ただし、ビホルダーはCD&Dコンパニオンルールセットの段階で日本語に翻訳されているので英語版を読む必要はなかった)。

ベヒーモスは?

 ところで、もう一つの「ベヒーモス」。これは、私の記憶ではD&Dには登場しない。FFでは結構メジャーで重要な位置を占めることが多いモンスターだが、FFの前に何かのゲームに登場していたという情報には行きつかなかった。ソードワールドでは土の上位精霊として名前だけ登場する(複合精霊アトンの原型はベヒモス)のだが、それとFF1とどちらが早いかと言われると微妙な話になる。*3いずれにしても、初版ルールブックにはベヒモスの外見や設定などは一切存在しない。
 そうなると、何かのゲームを介さず直接神話から引っ張ってきたということになるが、それにしては外見が元の神話のそれとあまり似ていないような……。


ベヒモス


 FF1のベヒーモスをデザインした人は、どうして今のデザインにしたのだろう。機会があれば是非聞いてみたい。

*1:これだけではなく、マスタールールセットには「ビホルダーとブラストスポア」のように、外見がそっくりだけど中身が違い、対応を間違えると大ピンチになる意地悪モンスターが多かったような印象が……。

*2:正直に言えば、どうして別々に発売する必要があるのかその頃の私にはまったくわかっていなかった。

*3:FF1の発売が1987年12月、ソードワールドの発売が1989年……なのだがルール発売の前、ドラゴンマガジンのファーラムの剣の連載でベヒモスについて触れていた可能性はある。