最凶のモンスター

 ちょっと実家に帰る用事があって、物置に残してあった昔のTRPGの資料とかをつらつら眺めていてふと思ったこと。
 「TRPGにおいて最も恐ろしいモンスター」とは何だろう?

 そんなもん「クトゥルフの呼び声」のアザトースに決まってるじゃないか、という人もいるかもしれない。あるいはD&Dのプラチナドラゴン=バハムートや死んでも死んでも復活するフェニックス、ソードワールドのエルダードラゴンやノーライフキング、あるいはアリアンロッドの“白の”ケテルを挙げる人もいるかもしれない。

 でも、私が知る限り最凶最悪のモンスターとは、ビヨンド・ローズ・トゥ・ロードに登場する「フウル・ラ・ルラ」というモンスターである。

「不死の娘」フウル・ラ・ルラ

 その名も「不死の娘」こと「フウル・ラ・ルラ」とはビヨンド・ローズ・トゥ・ロードに登場する魔族の一体だ。このゲームにおける「魔族」とは、人間を遥かに超える魔力を持つ強力な種族(ほとんどが人間とは敵対関係にある)を指す。魔族の中には「骨の商人」グドルのように、人間社会に浸透し政治的な影響を及ぼしている存在もいる。それを考えると、フウル・ラ・ルラはそこまで大きな影響力を持った魔族ではない。だが、もし敵として登場した場合、プレイヤーに与えるインパクトの大きさはグドルの比ではない。


 フウル・ラ・ルラは不定形の魔族である。本体は黒い霧のような姿であるらしいが、PCの前にその姿で現れることはない。フウル・ラ・ルラはPCを含む人間の前に現れる時は、必ず変身して現れる。
 そう、この恐るべき魔族は「健気な戦災孤児の少女」や「主人に虐げられる不遇な使用人の少女」など、相手の庇護欲を誘う存在に変身するのだ。そして、ターゲットを虎視眈々と狙うのである。標的を定めて接触を図ると、今度は付きまとう。どんなに邪険にしても、辛く当たっても必死についてきて、かいがいしく身の回りの世話を焼いたり、側にいられるようにいじましく努力したりする。
 そして、標的がちょっとでもフウル・ラ・ルラに心を許すと、その隙間から精神を侵食する。といっても、血を吸ったり直接害のある行動をとるわけではなくただ一緒に生活しているだけなので、他人が見ても違和感を覚えることはないだろう(ラミアやサキュバスなど精神にとりつくタイプのモンスターとはそこが違う)。ただ、PCの場合、フウル・ラ・ルラと一緒にいる時間に比例して、精神力を減算していく(これはGMのみが手元に記録し、プレイヤーに開示されることはなく、ゲーム中の判定も「最後の瞬間」まで減算前のもので行う)。
 減算した精神力がゼロになった瞬間、つまり標的が心底フウル・ラ・ルラに「依存しきった」瞬間に、フウル・ラ・ルラは「不慮な事故」や「不幸な病気」などの形をとって仮初めの死体を残し、姿を消す。哀れな標的がPCだった場合、その精神力はこの時点で初めてプレイヤーにも分かる形でゼロに減らされ、またPCであるかそうであるかを問わず、標的は廃人と化す。フウル・ラ・ルラの本体は犠牲者の精神力を吸い取って黒い霧の姿に戻り、次の犠牲者を探す……という按配である。


 厄介なのは、フウル・ラ・ルラは幻惑の呪文などを使っているわけでもなければ、標的を殺傷しようという悪意もない、ということだ。ビヨンド・ローズ・トゥ・ロードの世界の魔法体系は複雑なのだが、仮に悪意を看破する呪文などのようなものを使用しても、恐らくまったく反応しない(変身状態にあるフウル・ラ・ルラにとって標的への好意は嘘ではないからだ)。
 また、既に依存状態の始まっている標的の前で何らかの疑念をもってフウル・ラ・ルラを殺そうとすると、標的自身が恐らく全力で抵抗する。戦闘力は魔族としては高いほうではないものの、倒したところで死体を残して本体は逃げ去るため、標的となった人物からは「自分にとって大切な人間を殺された」としか思われない。
 何より、フウル・ラ・ルラの正体を見破る方法が、ルールブックには「(人間としての)名を名乗るとき、必ず連続するRまたはLを含む発音の名前を持つ」(この辺うろ覚え)ぐらいしか書かれておらず、*1倒す方法に至ってはまったく言及がない。斃された後に化け物の死体でも残るならまだ良いのだが、手がかりをまったく残さない点も悪辣すぎる。


 と、ここまで書けば「この敵のどこが怖いんだ?」と思う人はまずいないだろう。このフウル・ラ・ルラの言動は、今でいういわゆる「シナリオヒロイン」のそれにそっくりなのだ!*2 たとえ救国の英雄であろうとも、歴戦の傭兵であろうとも「不死の娘」から逃れる術はない。しかも実質、事前にも事後にも見破る方法がほぼ皆無に等しいのである。
 言うまでもなく、フウル・ラ・ルラは、ロールプレイや細かい描写に力を入れるタイプのGMの下において真の恐ろしさを発揮する。ロングキャンペーンの最後に自キャラを廃人にされた後「実はこいつは魔族でした」などとGMから宣告されたら、唖然とするしかないだろう。そのせいか、幸いというかなんというか、ルールブックでもかなりの紙面を割いて描写されている敵にも関わらず、これをシナリオで登場させたという人には今まで会ったことがない。また、その扱いにくさの故か、再販されたルールブックからは記載が消えている。

 
 なお、ちょっとベクトルは違うが似たような系統の存在としてトーキョーNOVA・Rに登場する「キャロル・ド・ウィンター」というゲストもいるのだが……。それはさておき、私がセッションで最も会いたくないモンスターはアザトースでもバハムートでもなく、こいつである。*3


ローズ・トゥ・ロード (ログインテーブルトークRPGシリーズ)

ローズ・トゥ・ロード (ログインテーブルトークRPGシリーズ)

*1:もちろんその名前だけではなんら証拠にもならない。

*2:もちろん、それは同時にライトノベルやコミックなどのファンタジー作品における典型的なヒロイン像の一つであることも意味する。

*3:萌えとか大好きな二次元世界の住人でこいつの魔の手から逃れられる者はいないだろう。