問題の第三話


 上の動画は、第三話放映前に公開されたものである。


(以下ネタバレあり)












 私はネタバレを気にしない人間なので、ネットで第三話の噂を事前に知った。で、元々人が死ぬ話やバッドエンドが嫌いというのもあり、可能な限りニュートラルな視点で見るよう努めつつ、第三話を二回見直した。その上で私なりの感想を述べる。


 現段階では今回のエピソードに評価できるところはどこにも無い。


 誰かが言っていた気がするが「轟沈させるのがダメなんじゃなく、轟沈に意味が無さすぎる」。死亡フラグを立てるのと、キャラクターの「死」に意味を持たせるのはまったく違う。ストーリー上、ここで如月が轟沈することに一体どんな意味が?


 もし「史実があるのだから沈んで当たり前」「戦場において死に意味などないということを描写したかった」などという月並みな理由でこういった展開にしたのなら、製作スタッフを無能というしかない。本当の戦場では死は無意味かもしれないが、スタッフが作っているのは物語であって現実ではない。史実が見たいならWW2の史実に基づく作品や資料など腐るほどある。
 今後史実通りに艦娘を轟沈させていくというなら、この先を視聴する意味はまるでない。逆に特定のキャラだけが贔屓されて残ればそれは興醒め、如月が何食わぬ顔で戻ってきたら輪をかけて興醒めだ。ここで如月を沈めることで、製作スタッフは自分たちが跳び越すべきハードルの高さを跳ね上げてしまったのだ。
 何よりこういった展開にするなら「日常七割」などという謳い文句は完全に詐欺だし、1話2話もそういう雰囲気を醸し出すべきだった。人があっさり死ぬ世界だというのに艦娘の言動があんな能天気だったことへの違和感は拭いようもない。


 3話が衝撃的な展開ということでまどマギを引き合いに出す人も見かける。私はまどマギ巴マミの死も好きではなかった。ブログを遡っていただければ分かるが、あの時点では炎上商法の一種だと信じていたからだ。今でも私が評価しているのは8話や10話であって、3話ではない。ただ、今になって考えれば、あの3話の展開は必要だったと理解できるし、そのために必要な伏線がちゃんと張られていたということもわかる。
 翻って、如月の轟沈にはそれらしきものが感じられない。比べるのが失礼に思えるほどだ。この展開にちゃんとしたストーリー上の「意味」を持たせ、今後の展開で視聴者を満足させるのは至難の業だ。逆に言えば、そのハードルを乗り越える優れた物語だったからこそ、まどマギは評価されたのだといえる。


 今のところ、私のアニメ版への評価は非常に低い。繰り返すが、キャラがロストしたからでもなければ展開が衝撃的だったからでもない。世界観に統一感がなく物語が支離滅裂だからだ。もちろんこの先このアニメが劇的に面白くなる可能性もあり得ない訳ではないが。
 ちなみに今回の脚本を手がけた人物の過去作品の一覧がこれだ。

2002年
機動戦士ガンダムSEED(脚本)

2003年
出撃!マシンロボレスキュー(脚本)

2004年
舞-HiME(シリーズ構成・脚本)
機動戦士ガンダムSEED DESTINY(脚本)

2005年
舞-乙HiME(シリーズ構成・脚本)

2006年
コードギアス 反逆のルルーシュ(副シリーズ構成・脚本)
舞-乙HiME Zwei(シリーズ構成)

2007年
アイドルマスター XENOGLOSSIA(脚本)

2008年
マクロスF(シリーズ構成・脚本)
コードギアス 反逆のルルーシュR2(副シリーズ構成)
黒執事(脚本)

2009年
電波的な彼女(構成・脚本)
DARKER THAN BLACK -流星の双子-(脚本)
劇場版 マクロスF 虚空歌姫イツワリノウタヒメ〜(脚本)

2010年
ソ・ラ・ノ・ヲ・ト(シリーズ構成・脚本)
ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド(シリーズ構成・脚本)

2011年
フラクタル(脚本)
劇場版 マクロスF 恋離飛翼サヨナラノツバサ〜(脚本)
ギルティクラウン(シリーズ構成・脚本)

2012年
アクセル・ワールド(シリーズ構成・脚本)
マギ The labyrinth of magic(シリーズ構成・脚本)

2013年
ビビッドレッド・オペレーション(シリーズ構成・脚本)
劇場版 とある魔術の禁書目録 -エンデュミオンの奇蹟-(脚本)
とある科学の超電磁砲S(脚本)
ストライク・ザ・ブラッド(シリーズ構成・脚本)
マギ The kingdom of magic(シリーズ構成・脚本)
凪のあすから(脚本)

 

 種に種死にゼノグラにソラノオトフラクタルにビビオペというラインナップを見て、今後の展望に期待を持つか絶望を覚えるかは貴方次第だ。