コロコロ少年の思い出(2)

いざ行けダンジョン

 さて、自分がDMを務める生まれて初めてのセッションである(TRPG経験自体2回目)。事前に用意したシナリオ通りの状況説明をし、いざダンジョンへ──となる前に、待ったがかかった。
 一人のプレイヤーがこう言い出したのだ。
「なんで王様の冠を盗んだのがゴブリンだとわかったんだ?」
『え!? そんなこと聞かれるの!?』


 昔の一般的なダンジョンシナリオでは「君たちはダンジョンの中にいる」あるいは「ダンジョンがあるらしい、みんなで潜ろう」という導入もあったらしい。が、私はそうするつもりはなかった。なぜなら、プレイヤー初体験となったその前のセッションで、あるプレイヤーが「古代の闘技場が見つかった? あ、俺行かないわ。興味ないし」と言い出し、セッション中ずっと別のことをして遊んでいたのを見ていたからだ。*1


 逆に言えば、依頼と導入さえ用意すれば、みんな素直にダンジョンに入ってくれるものだと思い込んでいたのだ。冷や汗だらだらである。何しろ何も考えていない。しかし考えてませんでしたとは言えない(今思えば別に言ってもよかったと思うが)。
「え、えーっと。侍女が逃げていくゴブリンの後姿を目撃してたんだよ」
「ふーん」
 彼は納得し、そしてまた聞いてきた。
「ゴブリンって雑魚だよな。なんで衛兵とかいる城に侵入できたんだ?」
『そりゃゴブリン以外の敵だったら君らが返り討ちに遭うからだろーが!』とは、口が裂けても言えない。
「さ、さぁ……? 何か理由があるのかもね」
「ふーん」
 彼は納得し、そしてまたまた聞いてきた。
「ゴブリンが逃げ込んだ先がそのダンジョンだって、何でわかったんだ? 侍女が見てたんなら後を追いかけたわけじゃないんだろ」
『だから考えてないっつーの!』
「……近くにはそのダンジョン以外、隠れられそうなところがないんだ」
「他のダンジョンはないんだ?」
「ない」と、よせばいいのにここで断言してしまったせいで、後で自分を苦しめる羽目になる。


 が、何とかプレイヤーに納得してもらい、ダンジョンに入ってもらった。ここでさっきのプレイヤーの発言はほとんどなくなり、今度はバトルジャンキーとマンチキンの出番となる(笑)。
 私自身、初のGMということで戦闘バランスを取る自信がなかったので、救済手段を用意していた。入口のそばに回復の泉を用意し、死にさえしなければHPが回復できるようにしてあったのだ。とはいえ、プレイヤーたちは罠を警戒し、泉に手を出そうとしない。ついうっかり私は「飲めばHPが回復する泉だよ」と口を滑らせてしまった。途端にマンチキンの目がキラキラしだした。
「じゃあ、町で革袋を買ってきてこの水を詰めて売ろう!」
『おいおいおいおい!』
 慌てた私も口走った。
「いきなりゾンビが走ってきて泉に突っ込んだよ! 水が汚れたんで回復効果はなくなった!」
 ……ひどい話である(笑)。


 最初のラスボスは「クリスタル・リビングスタチュー」。冠を持ったゴブリンを追いかけていくと石像があり、それが突然動き出す、という筋書きだった。台座に仕掛けがあり、倒した後に調べ直すと魔法の剣が手に入るはずだったのだが……。
 調べない……(笑)。「リビングスタチューの破片って水晶だから高く売れるよね!」というマンチキンの発言があったせいでみんなそっちに気を取られていたのかもしれないが。


 人生初のDM体験はある意味散々だったが、いろいろなことを学んだ。プレイヤーが何を考えているのか。あるいは「何を考えないのか」。うまくできたとは思わなかったが「クソつまらないから二度とDMすんな」と言われなかったのは本当に嬉しかった。

エキスパートへの道

 そして次回のセッションを前に、私はまた頭を抱える羽目になった。言うまでもなく「近くに他のダンジョンはない」といったせいである。他のダンジョンがない以上、最初のダンジョンをまた使うしかない。しかし、一度潜って探索済みのダンジョンにもう一度入る理由があるだろうか。
 奥へ通じる扉も、下に降りる階段も作らなかった。ダンジョン内は徹底的に調べられた(見つかったら先に進むと言い出すに決まっている!)。ダンジョンには実は続きがあったとするしかないが、それが最初に入った時には見つからなかった理由を考えないと。
 ダンジョンの奥は封印されていた。鍵は……そうだ、あの魔法の剣にしよう! 一番奥の部屋の壁に剣をはめ込むと隠し扉が現れる、と。しかし、もう一つ考えないといけないことがある。このダンジョンは「あと一回」もたせる必要がある。なぜならプレイヤーたちはまだレベル2で、エキスパートレベルに到達するにはレベル4になっていないといけないからだ。ダンジョンがそこにあって、まだ奥があるとわかっているのに進ませないようにする方法はないか……?


 その時、天啓が走った。


 そうだ。水没していることにしよう! 潮の満ち引きで奥に行けるようにすればいいんだ。*2
 ただ、そうなると3回目の探索では生物の敵を出せなくなる。満潮で水没し、干潮で現れるダンジョンでは、陸棲生物も水棲生物も生活できない。敵はアンデッドか無生物だな。


 そうだ、最初の時に「なんでゴブリンが王宮に侵入できたか」と聞かれたっけ。幽霊が導いたからということにしよう。王家に恨みを持つ幽霊。*3どうして恨みを持ったのか? それは自分のいた国が王家に滅ぼされたからだろうな。
 いっそのこと、ダンジョンそのものを古代都市だったってことにすればいいんじゃないか? クリアすると完全に封印が解けて地上に姿を現す。*4そこでレベル4になるからエキスパートレベルで海へ──。*5古代都市の住人達は、王国に攻められて海から逃げ出そうとしたけどぎりぎり間に合わなくて滅ぼされてしまった。水没しているダンジョンの奥は洞窟を通じて海と繋がり、彼らが使おうとしていた魔法の船が隠されていて、潮が引くとそこが埠頭になって、海へ漕ぎ出せる……。
 あれ? これ結構いいんじゃね?

 
 「笑の大学」という作品がある。戦時中の検閲官と脚本家を題材にした作品だ。検閲官が無茶なツッコミを入れれば入れるほど、怪我の功名でどんどん脚本が面白くなっていくという物語。私のシナリオが名作になったなどというつもりは毛頭ないが、状況は似たようなものだ。最初のプレイヤーの指摘がなければ、たぶん私は最初のダンジョンを平凡なダンジョンにし、次のダンジョンでも何も考えなかっただろう。


 そして、私が後にアドリブ傾向の強いマスターになったのは、今にして思えばこの原体験が大きく影響していたのだろう。プレイヤーの反応が予測不可能だったから、あらかじめ用意するのではなくて「起きたことに対処する」プレイスタイルになっていったのだ。
 最初のプレイグループは、いろいろなゲームをやったけれど最後は結局クラシックD&Dに戻った。ネームレベルになるくらいまで遊んだだろうか。領地の運営だ塔の建設だと騒いだあたりで、結局プレイしなくなった気がする。*6クラシックD&Dは、ちょうどあのレベルのあたりでプレイスタイルが大きく変化する──変化させないで遊んでももちろんよかったはずだけど、当時の私たちは、留まるには退屈し、さりとて未知の道へと踏み出すには未熟すぎた。ただ一つ付け加えるなら、領地運営をまともに扱ったネームレベルPCのリプレイなんて、今に至るまでほとんど世に出てはいない。*7

*1:もちろん当時の話だからDMのフォローもなく、そのプレイヤーはずっと放置されていた。

*2:じゃあ潮が引くまで待つよ」と言われたらどうしようかと思ったが、それまでにレベル3に必要な財宝を稼ぎ終わっていたせいか、そこには拘られなかった。

*3:ちなみにこの幽霊の親玉がこのエントリで触れたドッペルゲンガーである。

*4:頭のどこかにカリオストロのイメージがあったかもしれない。

*5:エキスパートルールセット添付のシナリオは「島」が舞台だった。

*6:盗賊ギルドのマスターになりたいからとギルドの見取り図まで書いてきたプレイヤーもいた。

*7:私の記憶にある限りでは、オフィシャルD&Dマガジンの前身FGジャーナルに、それっぽいものが掲載されたっきりである。