捧げよ、聖痕


 出たー! ブレカナの魔神サプリ! 待ってたぜこの瞬間(とき)をよォ!


 今回紹介されている魔神は10柱で前作と同じだが、うち5柱は入れ替わっている。いかにもブレカナっぽいと思ったのは“デア・ドルン”。「闇の眷属を許しておけない」という、一見PCたちと共闘できそうな存在でありながら、その本質はやはりどうしようもなく“闇の眷属”であるあたりが、いわゆる「悲しい殺戮者」の魔神バージョンっぽい。
 爬虫類の魔神“ブトー”が増えたのはラガルートの関係でさもありなんという感じだったけど、“グーラ”は生理的な意味でかなりダメだった。田口さんの達筆で「画面全体を覆う蝗」が描かれているのを見ただけで背汗が出てくるくらい。虫は苦手なんだよ〜! 昆虫の魔神って描写する方法の見当もつかないし、セッションで使うとしたらシナリオギミック(タイムオーバーになったらこいつが復活してバッドエンド、とか)くらいでしか使い道も思いつかない。

 あと“人造聖痕”のルール。同じく今回追加された「魔神の眷属をPCとして使う」ルール以上に取り扱い要注意っぽいルールだけど、殺戮者を復活させるといったら絶対こいつが生き返ってくるんだろうな、と思ったキャラが復活してて、声を出して笑ってしまった。お前……これで二度目じゃん……(笑)。


 そして、私が一番凄いと思ったのが146ページのコラムだ。

恥ずかしい昔話

 昔、ブレカナではない別のTRPG(タイトルは伏せるが、魔神に相当する存在が登場する。以下文中では魔神と表記する)をプレイした時、ある人からボッコボコに叩かれたことがある。曰く「君は魔神の描写がなってない。君の物語は美しくない」と。
 そこまでいうならその人はどんなセッションをするのかと参加してみたら、魔神が出てきてひたすら茶番が繰り広げられるのを延々見せられ辟易した覚えがある。
 そう、茶番だ。そのタイトルにおいては魔神は不滅にして不変の存在とされている。不滅で不変ということは、その謀略にPCが巻き込まれても、究極的には何もできないのと同じだ。謀略を打ち破ったところで、魔神そのものは不可侵。魔神が悔しがる茶番を見せられるのがせいぜいで、反撃することも許されない。
 以来、私は魔神という存在が大嫌いになった。もちろん、ゲームによってその扱いが違うことは重々承知していたが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いブレカナを遊ぶことはあっても、魔神を登場させることは決してなかった。


 そんな私の蒙を啓いてくれたのは、ブレカナ初版のランドオブギルティ添付キャンペーンだった。
 宿敵、魔神モルトゥスの前に私のPCは斃れたが、仲間たちはモルトゥスを打ち砕き、その存在に“真の死”を与えた。


“魔神って倒されることがあるんだ! 倒してもいいんだ!”


 それは私にとってカルチャーショックだった。先のタイトルだけではない。日本で一番メジャーと称していたフォーセリアだって、神々や魔神や神獣といった上位存在をPCが倒し、消滅させたことはない。*1元の世界に追い返すのがせいぜいだ。
 NOVAにおいて不可侵だった司政官をキャストの手によって交代させ、天羅において不可侵だった神宮家をPCに解放したFEARは、ブレカナにおいても“聖域はない”ことを添付シナリオで証明してみせた。いや、順序からいうと最初にそれを証明したのがブレカナだったという方が正確だろう。


 146ページのコラムでは、実に9柱の魔神が倒されたことが明記されている。ハイデルランドにおいては魔神も不変不滅ではなく、運命の軛からは逃れらない。──だから私はこのゲームが好きなのだ。

*1:クリスタニアの妖魔王やリウイのアトン等、NPCに倒されたことはあるが、データが未公表なのでPCには打倒不可能であるという点は変わらない。唯一の例外はコンパニオンにデータが掲載されているロードスの魔神王。ただし「歴史を曲げない限りPCと戦うことはない」旨が明記されており、キャンペーンの結果として魔神を打倒することが想定されているブレカナとは設計思想そのものがまるで異なる。