「可能性を生みだしただけでアウト」はアウトなのか?

 作家の山本弘氏のサイトで、総統閣下のアイマス2動画について触れられていたので、思うところを述べたい。


 山本氏は「創作者として、自分の作品から作られた二次創作物まで責任は負えない」という。これは至極もっともな主張だ。世の中にはいろいろなことを考えつく人がいて、人工衛星の擬人化本やきかんしゃトーマスの801本なんてものまである。その本の中身が酷かったからといって、きかんしゃトーマスの原作者を責めるというのはお門違いだろう。
 そして、創作者に作品を発表する自由があるように、消費者にはその作品を買わない自由がある。理由の如何を問わず。


 「総統閣下〜」の動画で「可能性を生みだしただけでアウトなのだ」という「アウト」というのは、「自分はこれでファンをやめ、ゲームを買わない」という意味だと私は理解した。実際、動画中で総統閣下は「これで購入を見直したものは部屋を出て行け」と言っているわけで、総統閣下に自分の主張を仮託した動画製作者は別に、例えば坂上氏や石原氏に危害を加えるなどの不法行為を働くことを示唆しているわけではない。
 動画中で「これで冬にはNTR同人ばっかりになるだろう、ふざけんな」といっているのは「そこまでバンナムが責任を負えるわけないだろうjk」と思う。思うが、総統はその同人誌が発行されることによる不都合の責任をバンナムが取れ、といっているわけではない。ただ、もうゲームを買わないといっているだけだ。
 ここで総統が「NTR同人ばっかりになるだろうから製作者に危害を加えてやる!」と言ったのなら、それはバンナムではなく動画製作者が責任を負うべきだろう。しかし、理由はどうあれ、ゲームを買わないという選択肢を選ぶことそのものは、消費者に与えられた権利なのだ。
 例えば、山本氏の「妖魔夜行・戦慄のミレニアム」の上巻を読んで「ふざけんな! 俺のマヤたんがビッチになってるじゃねーか! どうせ下巻じゃアザゼルがガンチェリーやらパワーフェアリーやらを食いまくるんだろう! もう買わねぇ!」という読者がいたとしよう(私は下巻を読んでいるのでそうではないことを知っているが)。だが、その人が「山本氏の本を買うか買わないか」はその人の勝手だ。


 もう一つ。山本氏は空想と現実の区別がついていないことが東京都の条例賛成派などに武器として使われることを危惧している。確かにマスコミの論調として空想と現実の区別がついていないオタク、という論評がされることはある。
 しかし、実際に「空想と現実がついていない」かどうかなんて、その人自身にしか分からないことだ。問題になるのは仮想現実を理由として「過激な行動を取ること」であって、じゃあ仮想現実じゃなくて実際の現実を理由にすれば過激な行動を取ってもいいのかといえば決してそうではない。
 ゲーム内容を理由に製作者を刺すような熱狂的なファンがいたらそれは犯罪だ。しかし、ゲームの売り上げ不振を理由に小売店の店長が製作者を刺したって、それも犯罪であることに変わりがない。動機が現実だろうと仮想現実だろうと、犯罪は犯罪だ。
 もし今回の騒動が原因で何らかの犯罪に出るようなファンがいたら、またオタク狩りが始まるだろう。だからファンに自制、自粛を求めることそのものに異論はない。しかし、犯罪行為の自粛を求めることと、ゲームを買わないという意思表示を咎めることは違う。是非はあくまでも行為そのものについて問われるべきで、その動機によって問われるべきではない。


 「ゲームを買わない」権利は消費者にある。同人がムカつくからだろうが登場人物が気に入らないからだろうが、あるいは郵便ポストが赤いからだろうが電信柱がまっすぐだからだろうが、消費者には買わない自由があり、この動画がゲームを買わないという点にしか言及していない以上、この動画における「アウト」は「あり」だ。動画制作者は、新展開における同人活動の責任をバンナムが負うべきだとは言っていないのだから。
 ただし、「アウト」の意味がアイマスファンの間で拡大し、ゲーム制作者、あるいは関係者に対する犯罪紛い、あるいは犯罪そのものの行動を意味することになるのであれば、それは「なし」だ。その行動にはなんら正当性はない。相手がバンナムだろうが声優だろうが犯罪は犯罪であり、斟酌されるべき事情はない。ただ、今のところファンコミュニティは自分たちでかなり自制心を働かせているのではないかと、私は見ている。
 

 さて、つらつら述べてきたが、私が山本氏の文章に最初に違和感を抱いたのは声優の平野綾氏に関する記述からだ。実はこの話、騒動の真っ只中で書こうと思ったがやめた経緯がある。
 22歳の健康な女性なら、恋人がいて当たり前だ。確かにそうかもしれない。だが、それと「男性と関係を持っていることをテレビで公言する」ことは違うだろうと思うのだ。
 相前後してあった北乃きい氏の熱愛発覚報道については、山本氏の文章そのままが該当すると思う。なぜなら彼女の場合、自分の意思でそれを公表したのではなく、パパラッチにそれを隠し撮りされたといういきさつがあるからだ。彼女は非常に気の毒だった。
 平野氏の場合、それとは事情が異なる。自らテレビ番組でそれを暴露した、つまりその情報を売ったのだ。
 清純派アイドルはトイレに行かないし酔ってくだを巻くこともないと思っているファンはほとんどいないと思うが、だからといってテレビやラジオで「昨日飲み過ぎて3回も吐いちゃいました、今も頭痛で最悪です!」とか「ずっと便秘だったんですけど10日ぶりにトイレに入ったら大変なことになりましたアハハ!」と言われれば幻滅するファンだっているだろう。それが「ファンをやめてCDも写真集も買うのやめました」という範囲に収まっている限りは、何ら非難されるにはあたらない。「夢を壊された、危害を加えるぞ」という脅迫行為に出るに至って初めてそれが非難され得るのである。
 まして、平野氏の発言を聞いて幻滅することそのものは、現実と仮想現実の区別がついていないこととは何の関係もない。平野氏のファンだって、そのほとんどは彼女が二次元の住人であると思っていまい。もちろんそれは、彼女に対して犯罪めいた行動を取ることをなんら正当化するわけではないが。


 山本氏と同様、私は処女厨が好きではない(私は山本氏と違って処女が好きということは別にないが)。めぞん一刻の台詞にあるが、その人物が今日に至るまでには様々な経緯があり、それらは全てその人物の一部だ。よって男性関係の有無はそれをもってその人物を不当に非難したり、過大に評価する理由にはならない。
 一消費者が「かんなぎ」のヒロインが過去に男性経験があったらしい、ということを理由に、作品を破って作者に送りつけるという行為は(作者自身の身に危険が及ぶ可能性を想起させるため)極めて非常識、かつナンセンスな行為であるが、作品を読むのを止める、というレベルにとどまるうちは、それは読者の自由であり勝手である。


 ところで、私はアイドルマスター2の改善署名に署名していない。それは、必ずしも意味がないと思っているからというだけではない。なぜなら、これで署名が一定数に達し、それで作品の内容が変わることになれば「数の圧力で作品の内容を改変し得る」前例になるからだ。
 熱狂的なファンが作者を監禁し、自分の思い通りの展開の作品を書かせようとする「ミザリー」という映画がある。
 確かに今回のバンナムの騒動はファンを無視していると思うし、理不尽だ。しかし、それに対して消費者に許される行動は基本的には「作品を買わない」ことのみだと私は考える(念のために断っておくが、意思表示の手法として署名活動をしているファンの人たちを否定しているわけではない。あくまでも私はその手法はとらないというだけだ)。


 山本氏がいうように、今回のアイマスの新展開について、公式ではなくユーザーが勝手に妄想している部分にまで、バンナムが責任を負えというのは酷な話だ。山本氏が「異議を唱えている」のが何に対してなのかというのは明記されていないが、「可能性を生み出しただけでアウトなんだよ」という表現が「同人展開にまでバンナムが責任を負え」という主張にまで発展している、というのであれば、それは確かに正しい。
 ただ、私にはこの動画そのものはそこまでを主張しているようには見えない。ただ「アイマス2はもう買わない」と言っているだけのように思える。今回の騒動を理由に「アイマス2を買わない」こと。それは消費者に許される、ほぼ唯一にして絶対の意思表示だ。それ以外に、この作品、この展開にNOをつきつける手段はないといっていい。
 しつこいようだが、消費者には、理由の如何を問わず作品を買う買わないを自分で決める自由がある。たとえそれが創作者にとって理不尽だとしか思えない理由であっても、だ。もし、山本氏が「アイマス2を買わない」という「不買行為」に対して異議を唱えているというのであれば、それはいくらなんでも無茶ではないだろうか。


 では今回の騒動をネタに動画を作る行為の是非についてはどうか。ここまでが長くなってしまったので簡潔に述べる。


 バンナムがそれを「不買を煽り、会社の利益に損害を与える行為」だとして弾劾することはあり得る。そこから先は動画作成者とバンナムとサイト主宰者、そして裁判所が決めることだろうと思うが、個人的には非難されるべきではないと考える。
 なぜなら、バンナムは今までそれのメリットを最大限に享受してきた立場だからだ。ニコニコ動画を見てアイマスを買った人間、あるいはDLCを買った人間がどれだけいることか。今まで宣伝費なしでさんざん宣伝してもらったのだから、それと同等のデメリットは受けて然るべきではないだろうか? 
 もちろん、ニコニコ動画に挙げられている動画の多くは著作権法的にもグレーゾーンのものが多い。例えばRPGやADVの実況動画をあげられてネタバレされるなどの被害を受け、一貫してニコニコ動画等の動画配信サイトに対して反対の立場を取っているメーカーについては、その判断はなんら不当ではないと思う。だがバンナムはそうではない。株主向けの説明会の場で「ニコニコ動画のお陰で利益が上がった」ことを、経営陣自身が明言しているのだ。
 自社内ではなく外部の、しかも不特定多数の人間が情報を発信できるメディアを宣伝に利用すれば、いざ逆風が吹いた時こうなることは明らかだったはずだ。そのリスクを承知の上でこれまで事業展開してきた以上、今さら手のひらを返してそのありようを批判するのであれば、無節操の謗りを免れない。
 それを承知で法的手段に訴えれば、今度こそアイマスプロジェクト全体の売り上げは壊滅的なことになるだろう。