30年越しの日本語サプリメント


 今更ドラゴンランスキャンペーンをプレイする可能性は天文学的に低いと思うけれど、青春の思い出の一ページとして、かつてこの作品の日本語展開に翻弄され、「小説」としての一面にしか触れることのできなかった、あの日の無念を晴らすためだけに、このサプリメントを購入した。後半に添付シナリオのネタバレを含むので、そこは折り畳む。

 元々、ドラゴンランスは僧侶(クレリック)の存在感が非常に薄い世界だという印象があった。ドラゴンランス戦記の主人公パーティの僧侶、ゴールドムーンだけが「真のクレリック」であり、その他の聖職者たちから真の信仰が失われて久しい、という設定だからだ。このこと自体は本書にも記載がある。そのため1巻の冒頭で、ゴールドムーンが普通の僧侶魔法を使っただけで、周りの人々がパニックを起こす描写がある。*1続編のクリサニア等、他にも数名のクレリックが登場はするものの、世界設定全体でみると明らかに「僧侶たちの力が失われている」設定だ。
 本サプリメントにおいては、さすがにクレリックドルイドが選択不可とまではなっていないが、紹介されているライフパスはソラムニアの騎士と上位魔法の塔の魔法使い、追加クラスは月の魔術使い(ソーサラー)と、どちらかといえばファイター系、マジックユーザー系に偏ったデータになっている。
 また、当然だがケンダー種族の作成が可能になっており、その代わりにハーフリングについては記述がない(恐らく存在しないため、作成できない)。アアシマールやハーフオーガなども同様だ。
 

(以下、添付シナリオのネタバレを含みます)












 添付シナリオは、ドラゴンランス戦記の小説のストーリーをなぞったものではない。時系列としては、1巻より前の物語である。小説版に登場する人物でシナリオ内に登場するのはダラマールとソス卿の2人だけ。しかもソス卿については、キャンペーン内で最高レベルまで上がっても倒せない(倒させるべきではない)相手として登場する。そして小説を読んでいれば、おのずとPCたちには倒す機会の訪れない相手であることは分かってしまう。
 このキャンペーンのラスボスは「ハイマスター」という地位で呼ばれているが、立ち位置としては2巻に登場するドラゴン卿、ヴェルミナルドの部下に過ぎず、ドラゴン卿ですらない。
 キャンペーンシナリオとしてはそれなりに長く、登場人物も多く、ボリュームのある内容だが、これを全て終えてもドラゴン卿にすら手が届かないのか、という印象は受けてしまう。せめて今まで明かされていなかったドラゴン卿がいたことにして、それを打ち倒すくらいであればまた違うのだが……。
 かつてAD&Dの第2版でドラゴンランスキャンペーンがプレイ可能だった頃には、英語のサプリメントでパックス・タルカス砦の見取り図がついていたと聞いたこともあったので、そういったものを予想していたのだが違ったようだ。イメージとしては、ロードス島戦記の小説版と、TRPG版の添付シナリオの関係に近いものを感じた(さすがにボリュームやセッションに配慮した記載の豊富さなどは比較にならないが……)。
 恐らく一番の山場はドラゴンランスの復活のシーンで、これは本編になかったシーンのはずだ。もし、今後本編になかったシーンをシナリオ化するとしたら、ゲームブックにあった「ドラコニアンの誕生の秘密」が明かされるエピソードくらいしか思いつかない。あとはせいぜいトード卿を打ち倒すシナリオくらいだろうか。それも30年前に一度明かされている話だ。
 過去には存在しなかった完全にオリジナルに近いエピソードをやろうとしても、今作のように既存のドラゴンランスの要素と絡めようとすると、どうしても小説版との位置づけを考えざるを得ず、余り規模を大きくすると小説と矛盾し、小さくすると当事者性が失われる。
 そう考えると、今回のサプリメントが竜槍戦争の前まで時計の針を戻したというのは、いささか扱いの難しい話なのかもしれない。ブレイドオブアルカナのように、未来は分かっているとはいえ、そこまでの歴史は自由に作れるタイトルと、30年前に既に出版された小説で、主だった物語が既に語りつくされてしまっているタイトルとでは、やはりシナリオの作りやすさが違うという印象だった。

*1:まぁ、パニックの引き金を引いたのはフィズバン=○○○○○なので、文句を言う先もないわけだが……。