ボーナスとペナルティ

 昨日の日記で「ボーナスを与えるのとペナルティを与えるのは全然違う」という話をしたことについて、ちょっと補足しておく。

 例えば「目標値16の判定で、シナリオの選択肢が正しければボーナス+2」という判定と、「目標値18の判定で、シナリオの選択肢が間違っていたらペナルティー2」という判定は、一見同じに見える。ただし、GMに慣れた人ならある条件下でこの二つが同じでないのはわかると思う。これが明らかに違ってくるのは「プレイヤーに対し、レギュレーションを明らかにしている場合」だ。逆に言えばボーナスとペナルティにまったく相違点がないと断言できるGMは「レギュレーションをプレイヤーに対して公開しないタイプ」のGMである可能性が高い。

 まずレギュレーションを公開していると仮定した場合。さっきの例で言えば、目標値とボーナス、ペナルティを告げられた場合どうなるか。人間というのは現金なもので「本来は16だけどボーナスで18」といわれると、目標値が16になってもあまり意識に残らず、18になったとき「得した」と考える(でなければこの世に安売りのチラシなんて存在しないはずだ)。ところが逆に「本来は18でペナルティで16」といわれると18だと意識に残らず、16に下げられると「損した」と考える。
 コンピュータが裁定者であるCRPGと違い、TRPGはレギュレーションを決める「人間」つまりGMが、同時に裁定も下すことになる。その判断は当然、主観の影響をゼロにはできない。GMがPLを「肯定した」と捉えられるのと「否定した」と捉えられるのとでは、後のアクト運営に与える影響には雲泥の違いがある。
 以前、GURPSと天羅のロールプレイ支援システムの違いを述べたことがある。「性格に反した行動をしたらペナルティ」より「性格に沿った行動をしたらボーナス」の方が、ロールプレイを促進するのだ。判定に対するボーナスとペナルティの関係も同様である。

 さらに、これを先に進めたマスタリングテクニックがある。PLが選択肢を間違った、あるいはGMが想定した行動をとらなかった場合だ。本来であればボーナスを与えない/ペナルティを与えることになるが、そこをGM側から拡大解釈して正しい選択肢を選んだことにしてしまうのだ。
 例えば、ある事件の犯人を捜すというシーンがあったとする。GM側が想定した正解の選択肢は「証人の家に行って話を聞く」だった。しかしPLが何らかの根拠を提示した上で「繁華街に聞き込みに行く」を力説したとする。これに対して「不正解だからペナルティ」というとPLは「自分の主張を否定された」と思うだろう。「正解でないのでボーナスをあげない」という判断はごく普通だ。
 しかしここでGM側から「証人はちょうど繁華街に出かけていたところだった。だからボーナスを加算しよう」と提示するのだ。「だったら選択肢そのものが意味ないだろう」と思うかもしれないが意味はちゃんとある。PLがやりたい行動を選んだという意味が。そして、この方法でボーナスを加算すると、PLは「このGMはPLの提案を拾ってくれて、一緒に物語を作ってくれるGMなんだな」という印象を持つ。ここが重要だ。
 さらに上手いGMになると「繁華街に行く!? それは思いつかなかった。確かに君の言う方が正しい。じゃあ本来は+2のボーナスだったけど+6のボーナスをあげよう」という。菊池たけし氏などはこのあたりの駆け引き、テクニックが非常に上手い。本来想定内の行動も想定外だったフリをして、プレイヤーの提案を拾ったように見せかけたりするのだ(おそらく本当に想定外のプレイヤーの行動もあるので、どっちがどっちだか区別はつかない)。


トーキョーN◎VA The Detonation リプレイ ビューティフルデイ あるいはヒュー・スペンサー最後の事件 (ログインテーブルトークRPGシリーズ)


 実例を一つ挙げよう。トーキョーN◎VAのリプレイ「ビューティフルデイ」である。ルーラーはこのアクトのクライマックスフェイズで、そのシナリオだけの特殊なルールを適用することを宣言した。それを聞いたプレイヤーは「ではトーキーの特殊技能《すりぬけ》があれば有利に進行できるのでは?」と提案した。
 こんな時、ルーラーによってはこう裁定するだろう。「このクライマックスフェイズは特殊ルールを適用しているため《すりぬけ》は無効である」……ルールの適用はGMの権限の裁量だ。この裁定は間違ってはいない。いないが、提案を却下されたプレイヤーは面白くないだろう。
 また、こう答える方法もある。「ええ。もちろん《すりぬけ》は有効ですね」これなら提案したプレイヤーは喜ぶはずだ。
 さて、ルーラーの稲葉氏はどうしたか。「《すり抜け》の存在をすっかり忘れていた。しくじったかも!」「プロのルーラーであっても見落としからは逃れられないものだ」これを聞いたプレイヤーは提案を拾ってもらった上に判定も有利になり、「やった! 一本とった!」と思うだろう。そして誰も損をしない。そう、それによってプレイヤーが有利になっても、別にルーラーは損をするわけではないのだ。
 見落としていたというのが本当なのか、それとも一種の駆け引きなのかは文章だけからはわからない。しかし「見落としていた──だから却下する」という裁定もあれば、「見落としていた──もちろん有効だ」という裁定もあり得るということだ。


ブレイド・オブ・アルカナ The 3rd Edition リプレイ ハイデルランド英雄譚 (ファミ通文庫)


 また、もう一つ別の例を挙げよう。ブレイドオブアルカナのリプレイ「まことの騎士」のとある場面である。PCの一人が敵NPCに挑発され「己を兄とたのむ娘を売る“まことの騎士”がどこの世界にいるっ!」といって剣を抜いて斬りかかるシーンがあった。このPCは「まことの騎士であれ」という因果律を持っており、シーン終了後、プレイヤーから「抜刀していない相手に対して斬りつけたのは、騎士道に反するのではないか?」という疑問が提示された(因果律に反するとペナルティを受ける=対応する武器が使えなくなる)。これに対してGMは「相手の名誉を踏みにじって、屈従を強いておきながら、戦う意志がないというのは強弁が過ぎるだろう」といってこの疑問を却下する。
 あれ? と思った人はいるだろうか。この文章の主語に注目してほしい。「PCの行動に対してプレイヤー自身が“この行動はよかったんだろうか?”と自問し、GMがPCの行動を擁護している」のである。
 もしこれが某社のリプレイだったら、おそらく主語は逆になるはずだ。PCの行動に対してGMが「それは騎士道に反しているからペナルティ!」と吠え、プレイヤーが「いや、それは虫が良くないか?」と反論する……どこかで見たような図式だ。
 主語が入れ替わるだけで意味合いはまったく異なる。GMがプレイヤーの行動を「認める」ということ。逆に「認めない」こと。この二つには天と地ほども隔たりがある。相手の存在を認めているのであれば「公開していないレギュレーションを根拠にペナルティとして経験値半分」だとか「ルールブックに記載されていない神々の設定を根拠に、ゲームデザイナーに確認したと称して敵の弱点属性を決め、しかもその内容をプレイヤーに明かさない」などという裁定が出てくるはずがないのだ。


 ボーナスとペナルティには、数字だけを見ればプラスとマイナスを変えただけの違いしかない。しかし、プレイヤーの受け取り方は正反対である(常にボーナスを使えといっているわけではない)。上手なGMはその辺りを巧みに使い分ける。
 その意味で「プレイヤーが選択肢を間違ったらペナルティを与えなさい」というのは、初心者向けGMへのガイドとしては必ずしも適切ではないのではないか。そもそも、選択肢を選ぶための材料を与えているのはGMなのだ。プレイヤーが選択肢を間違ったのではなく、GMが判断根拠となる情報の出し方を間違えた、とは考えられないだろうか?


 長くなったので「反省会」については次回に譲る。