物の価値というのはそういうものなんですよ、古畑さん(by春峯堂の主人)

 昨日のエントリの続きの話。


 稀少同人誌の話を書いた後つらつらと考えてみた。例えば、TRPGのルールブックでそこまで稀少価値のあるものが私の手元にあるだろうか? あるいは、かつて手元にあっただろうか?
 そもそもTRPGのルールブックで、中古で高値がつくようなものがあるかというと、秋葉原や新宿のイエローサブマリンに赴いたことのある人はご存知だろうが、実は意外なほど少ない。店頭で定価以上の値がつくものを探しても、その数は片手の指で事足りるだろう。店によって買い取り価格は異なるものの、買取受付リストに載っていて在庫のないものも含めても、クラシックD&Dルーンクエストクトゥルフ日本語版の古いサプリに高値がつくものがいくつかある程度だろうか(参考)。


 TRPGのルールブックは「未使用・未開封」の品の割合が低く、また需要が限られるため、ショップもそれほど高値をつけられないのだろう。また、日本のTRPGは過去のリソースを捨てて完全な新作として発売されるものが多いので、資料的な面から見ても旧作の価値はそれほど高くない。
 余談だが、上記の参考サイトは今回このエントリを書くにあたって新たに見つけたサイトなのだけれども、TRPGのルールブックの値段よりもむしろゲームブック等の価格に驚かされた。タイタン12800円、そして実家にいた頃部屋の隅で埃を被っていたダイナマイトナースが26800円とは……。


 閑話休題。そんな中で、私に縁があった数少ないTRPG系レアアイテムというとGAZ5「アルフハイムのエルフ」ということになるだろうか。日本語版D&D5つ目のボックスセットである。というと、かなりCD&Dに詳しい人でも「D&Dのボックスセットは赤(ベーシック)青(エキスパート)緑(コンパニオン)黒(マスター)の4つでは?」と思うかも知れない。
 実は基本ルールセットではなく、ワールドガイドにあたる「ガゼッタ(GAZ)」(SNE版だと「ガゼティア」)シリーズ最後の1作が、ボックスセットで発売されているのである。原語では1から15くらいまで出版されたGAZだが、日本語版が発売されたのは1と2と5だけ。しかし私は結局、一般流通で店頭にGAZ5が並んでいるのを見たことは一度もない。ちなみに、店頭に普通にあった1と2でも、上のサイトの中古販売価格は14800円と19800円で、原価の3〜5倍はする。GAZ5に至っては、リストにすら出てこない。

“失われたエルフの故郷”

 ローズトゥロードの時にも語ったが、当時まだルールブックへの情熱も半端なかった私は、「アルフハイムのエルフ」欲しさに輸入・翻訳していた新和の本社のすぐ傍まで行ってみたことがある。当時まだ学生だった私は、外国の品を輸入しているくらいの会社だから、大きなビルを構え、入り口には受付嬢がいて、ショーケースに自社製品が飾ってあるんだろうと勝手に思い込んでいた。ところが、たどり着いたのは雑居ビルの1フロアで、もちろん在庫など置いていないような事務所だけしかなく、誰が社員なのかもわからなかった私はすごすごと家に帰った。
 それだけではなく(今から思えば迷惑な話だが)イベントに出てきた社員を捕まえて「アルフハイムのエルフの在庫はありませんか」と聞いてみたこともある。返事は「あれは数が少なかったので在庫もないんです、ごめんなさい」の一言だった。
 結局のところ、私がGAZ5の実物を目にしたのはずっと後、ヤフーオークションという名の文明の利器を手に入れてからだ。私がヤフーオークションで購入したものは2つしかないが、そのうちの一つということになる。値段は──もう忘れてしまったが数万円だっただろうか? 定価に比べればもちろん高いが、私はぼっているとは思わなかった。むしろ妥当な価格だと──もっと言ってしまえば、実物が届くまで詐欺かも知れないと覚悟を決めていたのだ。逆にいえば、仮に詐欺だとしてもそれだけのリスクを冒して損はない、それくらいの価値を認めていたということになる。
 結果をいえば出品者は良心的で、完品で状態もよく、文句もつけようもなかった。


 貪るように全文を完読した私の結論は「素晴らしい、でもキャンペーンでは使えない」というものだった。


 GAZ1「カラメイコス大公国」には、ワールドガイドという体に反して極めて重要なルールが掲載されていた。他のTRPGで遊ぶ人には意外かも知れないが、実はCD&Dの一般技能判定ルールは(後にルールサイクロペディアが発売されるまで)ここにしか記載がなかった。「酒場の主人と交渉して情報を聞き出す」という他のゲームではありふれた行動であっても、レベル36までの基本ルールブックの範囲には、どこにも判定のためのルールがない。
 だからマニアックなCD&Dのプレイヤーの間では「CD&Dの一番面白い遊び方は、レベル5〜7程度で、マスタールールセットのウェポンマスタリールール追加、GAZ1の一般技能ルール追加の環境で遊ぶこと」などと囁かれるのである。
 GAZ5にも、1と同様重要なルールが記載されている。それは、前にエルフの用語辞典のところで少し述べたが、CD&Dではレベル10前後で成長が止まってしまうエルフのレベル上限を25まで上昇させるルールである。このルールを使うと、エルフは剣の道を捨てて魔術師魔法と僧侶魔法(双方とも人間オリジナルのそれとはかなり違うが)を兼用するエルフ・ウィザードになれるのである。
 ──しかし。このルールだけをキャンペーンに適用すると、同様にレベル10前後で成長が止まってしまうドワーフやハーフリングとの差がかなり開いてしまう。彼らを救済する、ドワーフ・プリーストやハーフリングマスターというクラスを選べるルールもGAZシリーズにあったのだが、未訳のまま日本語版の展開は終わってしまった。とはいえ、露骨にエルフだけを贔屓するルール適用も望ましくはないだろう。
 結果からいえば、GAZ5のルールは「稀少ではあるが重要ではない」という評価を下さざるを得ないのだ。


 とはいえ、それを悟った当時、落胆よりも私はむしろ安堵したのを覚えている。ネットオークションでやっとこ手に入るような激レアルールが「必須」だなどというバランスが、TRPGとして健全なはずがない。
 そしてそれは、TRPGの稀少ルールブックの価値が高くなりにくい理由そのものでもある。TRPGのルールは拡散され、共有されてこそ価値がある。「稀少」なルールはそれだけで「存在意義」を減じているのである。