- 作者: ウエストエンドゲームズ,弘司,山北篤
- 出版社/メーカー: 新紀元社
- 発売日: 2018/02/05
- メディア: 大型本
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ほんの少し未来の物語……
今夜、あるいは明朝、さもなくば来週……世界の終わりがくる。
これは、かつて日本で発売されていた「TORG」というTRPGの、ソースブックの冒頭の記述である。
このTRPGの日本語版が辿った経緯については、以前エントリに書いたことがある。紆余曲折を経て、ここに再販されたことについては素直に祝福したい。その上で書きたいことがいくつかある。
TORGというゲームをある程度知っている人向けに
この本の帯に「未訳ワールドを含めた全ワールド解説」「この1冊で「TORG」のすべてを楽しめる」とあるが、これには注釈を入れるべきだろう。
まず「全ワールド」とあるが「ランドビロウ」や「ポケットディメンジョン」については一切説明がない。また、TORGに詳しい人なら「ワールド」という表現に違和感を覚えたかもしれない。本書には「レルム」に関しては説明があるが、旧ソースブックにあった「ホームコズム」については説明がない。──要するに、旧基本ルールブックの記述に、新レルムである「サーコルド」「スタースフィア」を追加してあるという意味で、旧版の6冊のソースブックの内容を内包しているわけではない。また、旧ルールブック以降のポシビリティ戦争の動静についても特に記述はない。そのため、旧版の書籍を全てまだ持っている人であれば「サーコルド」と「スタースフィア」以外に初見の情報はほぼないし、その二つについてもレルムに関する説明があるのみである。
また、このルールブックで扱っているのはポシビリティ戦争開始直後の状態である。というのも、ゴーントマンがまだ幽閉されたままだからだ(彼は後のシナリオ「ゴーントマン・リターンズ」で復活する)。とはいえ、長編シナリオ「力の遺品」がクリアされないと「狼煙」が上がらず、スタースフィアが地球に来訪しないので、旧ルールブックのスタート直後に「力の遺品」だけクリアした状態、というのが近いだろうか。
これらは揚げ足取りに見えるかもしれないが、そうではない。元々旧版のTORGは、それぞれのプレイグループにおけるセッションの結果を吸い上げてゲーム展開に反映し、年表を進めていく「インフィニバース」という構想に基づいて作られていた。そのため「年表のどこの時点から始まるか」は、実は重要な問題なのだ。
ちなみに、本国のインフィニバース展開は既に終了し、ポシビリティ戦争も決着している、らしい。私はそれを原文で確認したことはないので、伝聞からの推測になるが……。
そして、今回発売された「リヴァイズドエディション」は、それらインフィニバースの展開を白紙に戻した「復刻版」である。それならそれで「サーコルド」や「スタースフィア」が来る前から始めないと整合性が合わなくなってしまう気がするけれども……(これは恐らく原語版のままなのだろう)。
個人的には、インフィニバースのポシビリティ戦争でこの後何が起こるか、有志が翻訳した同人誌などで少し知ってしまっているので、ある程度未来の年表を織り込んだ形で歴史を進めてスタートしてほしかった。ただ「サーコルド」「スタースフィア」がそこまで魅力的かといわれると……。特に、サイバーパンクをモチーフにするレルムが3つ(「ニッポンテック」「サイバー教皇領」「サーコルド」)もあるのは紛らわしいかもしれない。
TRPGは知っているけど、TORGのことは知らない人向けに
TORGはドラマ志向TRPGのはしりとでもいうべき作品であり、業界人に与えた影響は大きい。例えば、私が好きなTRPGである天羅やNOVAをデザインした遠藤卓司氏や井上純弌氏がかつて所属していたサークル「ヘリオンコート」は、TORGをメインで遊んでいたサークルであるという(そもそも「ヘリオンコート」という名前自体がTORGの用語)。当然、彼らが後にデザインした数々のタイトルにも大きな影響を与えたゲームである。
また、小太刀右京氏がデザインしたTRPG、カオスフレアは明らかにTORGにインスパイアされた作品である。ただ、コンプRPGの某ゲームと違って、そのままパクるのではなく構図をまるっきり逆転する(TORGは地球が異世界に侵略されるゲーム、カオスフレアは異世界が侵略されるゲーム)ことで違うゲームとして仕上げている辺りはさすがと思う。
TRPG業界全体に与えた影響も大きいゲームだが、欠点もないわけではない。このTORGというゲーム、始めるまでのハードルがえらく高いのだ。
天羅やNOVAなども、決してハードルの低いゲームではない。しかし、それらの場合ややこしいのは世界観の部分、つまり世界設定のオリジナリティの高さがハードルになっているだけで、ルール自体は複雑ではない。ところが、TORGは世界観も複雑、ルールシステムも複雑、データも複雑である。何しろ、判定のルールだけで100ページあるのだ(33ページから136ページまで)。もちろん、この中には判定を決めるための周辺ルールも含むが、しかしデータを含まないルール部分だけで100ページというのはかなりのボリュームだ。
そして、専門用語がまたややこしい。実は、今回のエントリで「知っている人向け」を先に書いたのには理由がある。TORGを知らない人が「知っている人向け」を読んで、どう感じるかを知りたかったのだ。
「君のストームナイト、サイバー教皇領のサイバー騎士のサイバーアームは技術アクシオムが高いから、リビングランドの優勢ゾーンでは1ケースの矛盾チェックが必要だ。切断を起こす危険がある。それを避けたいならポシビリティを消費してリアリティバブルを展開してくれ」
これはGMからプレイヤーへの指示だが、想定しているのは戦闘時などの特段重要な場面ではなく、ただ単に「自分の腕で重いものを持ち上げようとした」など、普通の判定を求められるシーンでのやり取りである。それでもこれだけ複雑な処理が必要になるのだ。
とはいえ、これらは無意味な処理ではなく、慣れれば面白さに繋がる。
近年は、ファンタジー世界に現代文明の利器を持ち込んでオレツエーするのが流行だが(異論は認める)、TORGでは高い文明も低い文明も(魔法や信仰や社会制度も含め)、その世界の世界法則の一部であると見なされる。それを無視して、無理矢理高い文明の産物を持ち込んでも、うまく作動せずに故障する。逆に異世界の魔法使いが地球に来て魔法を使っても、同じようにうまく使えない。異世界スマホはただの黒い板にしかならず、GATEの自衛隊の兵器はガラクタの山、冷蔵庫という文明の利器に頼った某異世界酒場やら某異世界食堂は、お通しすら出せなくなるだろう。
この世界法則の壁を破れる者こそ、PCたちポシビリティ能力者であり、それを悪用して世界を支配しようと企むのが、敵であり侵略者であるハイロードである。
──というのを表現したのが、上のルール処理なのだ。世界設定の要請に対して全てルールで表現しようとするのは、いかにも欧米のゲームっぽい。*1
ドラマ生成そのものをルールに織り込んだシステムは欧米製のゲームでは珍しいし、他にもFEARのFS判定の原型となるルールを搭載していることなど、一見の価値はある。──もし、身の回りにTORGを知る人がおらず、なおかつ実プレイをしてみたいのなら、まずGMしてくれる人を見つけるか、あるいは自分がGMをしなければならないという問題はあるが……。
なお、TORGのルールブックに「TRPGとは何か」とか「セッションはどう進めたらよいか」などという甘っちょろい項目は存在しない。キャラクター作成の次はいきなり技能判定である。