高みの(低みの?)見物

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 母親がオードリー・ヘップバーンが好きで、マイ・フェア・レディも見たことがあったし、ピグマリオンも読んだことがある。そして私の中では、これらの作品をオマージュして昇華した最高の作品が存在する。

 それが「センチメンタルジャーニー」第8話「Dreams will never die.」。


 そもそもセンチメンタルジャーニーは、センチメンタルグラフィティのスピンオフゲームである同名のゲームを原作としたアニメ作品だが、ゲーム自体は単なるすごろくゲームだし、実質的にはセンチメンタルグラフィティのアニメ化作品と考えてよいと思う。このシリーズはオムニバス作品で、ゲームに登場するヒロイン12名が1話ずつ主人公になる。複数のヒロインが登場するエピソードはない。つまり特定のキャラが好きなら、12話のうち1話しか関係がなくなるわけで、後発の作品がこの形式を模倣しなかったのはそういう理由だろう。
 しかしオムニバス形式にしたことで、このシリーズはバラエティに富んだ作品となった。最たるものは第6話「莫煩悩」。30分間ほぼヒロインと和尚の禅問答だけで終わるという、ギャルゲーのアニメ化と思えない作品である。後は徹頭徹尾ヒロインの心情が語られない「星降る夜の天使」なども一風変わっている。



 この中に、洋画をオマージュしたと思われるエピソードが2話あって、1つが10話の「はてしない物語」。そしてもう一つが第8話の「Dreams will never die」である。後者は完全にマイ・フェア・レディのオマージュである。センチメンタルジャーニーは本当に好きな話が多いので、いずれまた書くと思うけれど、今回はこの第8話の話をしよう。

 本エピソードのヒロインは横浜出身の「星野明日香」。ミーハー(死語)なギャルで、アイドルを目指している(これはゲーム内の設定どおり)。そして本エピソードも、明日香自身の視点ではなく、彼女をアイドルデビューさせようとするフリーのプロデューサーの視点で描かれる。今では珍しくない構図だが、当時はアイマスが生まれるより7年以上前であり、アイドルプロデュースをモチーフにしたアニメ、ゲームも少なかった(「誕生」くらいか?)。
 このプロデューサーが、マイ・フェア・レディの「ヒギンズ教授」であり、アイドルデビューが社交界デビューにあたる。ヒロインを一人前のレディにし、デビューさせられるかどうかで賭けをしているのもオマージュ元と同様である。その後のストーリーも、ヒロインが厳しいレッスンを通じて自分を磨いていくという展開は基本的にはマイ・フェア・レディと同じだ。
 
 となると問題は、結末がどうなるかだろう。結末は──かなり古い作品ゆえ、ネタバレを恐れず書くが──ピグマリオンに近い。ヒロインはアイドルデビューのための一番大事なオーディションをすっぽかし、プロデューサーの前から姿を消す。そもそもこのアニメシリーズは、ヒロインにはゲーム版主人公という心に決めた相手がいるため、それっぽい人物が各エピソードに出てきても絶対に恋愛感情を抱かないというのが最大の特色だ。
 しかしピグマリオンと違う点がいくつかある。まず、ヒロインが姿を消した理由だ。ここで初めて原作であるセンチメンタルグラフィティとの繋がりが描かれる。彼女は小さい頃、ゲーム版主人公との別れの際に、一緒に映画を見に行く約束をしたが、風邪をひき高熱のために約束を守れなかった、という過去がある(これはゲーム版に準ずる設定)。オーディションの前日、ラジオを聞いていたヒロインは「あの時の映画館であの日の約束をもう一度」というメッセージを聞き、それがゲーム版主人公からのものかもしれないという万に一つの可能性に賭け、終日映画館にいたのだ。*1この事実を知り、賭けをしていた二人の男は、彼女はアイドルにはなれなかったが、立派なレディだったと認めるのである。
 そして、もう一つ重要な相違点は、ヒロイン自身が最後にプロデューサーの前に現れ、謝罪した後、次は自分自身の力でアイドルを目指す、と明言する点である。ピグマリオンの結末で私が一番もやもやしたのは、ヒロインが自立して主人公の前から姿を消すなら、何故それを本人に面と向かって言って出ていかないのか、ということだった。読者にとってそこがもやもやするから、舞台版や映画版では結末を変えられてしまったのだろう。
 「Dreams will never die」では、アイドルデビューする将来よりも、自分が過去にした大切な約束を守ることの方を選んだことがはっきりと描かれ、かつ主人公であるプロデューサーに対しても説明し、納得してもらった上で背中を押してもらうというエンディングになっているため、読後感の快さが段違いだった。ギャルゲーのアニメ化かつたったの30分なのに、両作品で納得いかなかった部分がこの作品のお陰で全て氷解したというのが私の評価であり、まさに、元作品をオマージュして昇華するという意味でお手本のような作品だったと私は思っている。

*1:今からするとおかしいかもしれないが、当時は今より遥かに連絡手段が少なかった。この事情はヒロイン本人の口からではなく、二人の男たちが人伝に聞く、という形になる。