待望のサプリメント

 ソードワールド関連の連続エントリのラストである。昨日挙げた長文エントリを推敲している途中、店頭で見かけたこのサプリメントを読んで仰天し、慌ててこのエントリを書いた次第である。今回はかなり高評価なので(ただし長文は長文)、あえて折り畳まないでおこう。



 素晴らしい! これぞ私の求めていた、そして多くのプレイヤーが求めていたであろうサプリメントだ。このサプリメントをもって、初めてソードワールドRPG2.5は1.0を超えた。インパクトでいえばクラシックダンジョンズ&ドラゴンズにおけるガセッタ01「カラメイコス大公国」に掲載された技能ルール並みか、あるいはそれを上回る。
 これまで、冒険者たちの持つファイター技能やソーサラー技能に対し、いわゆる「一般人」は、例えば漁師であれば「フィッシャーマン技能」という一般技能を保有するとされていた。しかしこの一般技能については、ルールがほとんど掲載されておらず、PCは生まれ表でランダムに入手した一般技能を持つ(持たない場合もある)くらいで、セッション中にこのデータを活用する機会はほとんどなかった。
 今回、そのルールに大幅な──「超」大幅な拡張が入った。それによって、ソードワールドにおける一般技能はこれまでと全く違う意味合いを持つようになったのだ。


 ところで、私がこれまでソードワールドで一番肌に合わなかったルールは、冒険者技能の扱いに関するルールだった。何度か書いたとおり、それまでのTRPGでは、クラスシステム制、つまりPCの能力はその「職業」によるとしてきたものを、ソードワールドではクラス技能制を採り、能力はあくまでも単なる能力に過ぎず、PCの社会的立場は一律「冒険者」であるという位置づけをしてきた。
 このため、ファイター技能やフェンサー技能の持ち主であることは、何の社会的立場も表さない。個別のPCごとに対応を考える必要はなくなった代わりに、能力面を除くPCの個性付けは困難になった。PCは全員「冒険者」であり「同じ立場」であるため、立場を利用したシナリオの導入や動機付けが厳しい。同時に、PCのロールプレイの拠り所もなくなってしまった。シャーマンであること、レンジャーであることは、それぞれの能力を持つことしか表さず、PCの立場も考え方もそれに縛られないため、逆にプレイヤーは何に基づいてPCをロールプレイすれば良いかがわからない。


 それを一気に解決するのが、今回の一般技能の拡張ルールだ。今回の拡張ルールには、81種類もの一般技能が掲載されており、この一般技能には当然「社会的立場」が付随している。つまりPCは「冒険者」であると同時に「紋章学者」であったり、「墓守」であることができるようになったのだ。ダブルクロスをご存知の方であれば、「カヴァー」のルールが追加されたといえば分かりやすいだろうか。
 「一般技能の扱いはこれまでもGMに任されていたのだから、今までだってGMの任意で同じことができていたはず」──では、ない。「ルールとして明文化され、データ化された」ことにこそ意味がある。ソードワールド2.0の公式世界に「仕立屋」がいて「調香師」がいることが、世界観の一部としてGMとプレイヤーの間で共有されるからだ。つまり、今回のサプリメントはPCが習得可能な一般技能の一覧であると同時に、ラクシア世界における人間社会とはどのようなものかという世界観を説明するものでもあるのだ。
 その意味で、全てではないにしろ、イラスト付きの説明となっているのも優れたポイントだ。プレイヤーが該当の一般技能をイメージする時、文章だけよりイラスト好きの方がはるかにイメージしやすい。また、それら一般技能について、どのような能力を持つかがちゃんとルールで規定されているのも良い。これがないと、結局弁の立つプレイヤーの口プロレス勝負になってしまいかねない。
 また、シティアドベンチャーにおいて、PCの社会的立場が何なのかが分かれば、NPCへのアプローチの拠り所もできる。「貴族」なら「貴族」のように、「庭師」なら「庭師」のように振る舞えばよいのだから。これによって、旧来に比べはるかに街での冒険がやりやすくなったと言える。ダンジョンズアンドドラゴンズも最新の5版において、PCの背景(Backgrounds)を表すデータに関するルールが存在する。今回のサプリメントはそれにインスパイアされたものかもしれない。しかし、新規ルールの追加でなく、既存ルールの適用範囲を広げるという形でそれに対応したことは、シンプルでわかりやすい。
 もし、私が今ソードワールドのセッションをするとしたら、全てのPCにバラバラの一般技能を習得してもらい、全員個別のシナリオ導入を用意するだろう。「牧童」には「牧童」の、「筆写人」には「筆写人」の、「商人」には「商人」にふさわしい物語というものがある。冒険者としてのエピソードは彼らの運命の一瞬の交錯を描いたもの。私が語りたいのはそんな物語だ。ずっと惰性で一緒にいるなんて面白くない。
 例えば、こんな導入はどうだろう。

 雨のそぼ降る郊外の墓地は、いつものように厳粛な雰囲気に包まれていた。近親者の死を嘆く者と、死者を送ろうとする者が、最後の別れを告げる場所。棺が地中に下され、土が被されながら、祈りの言葉が囁かれる。そんな情景を一人の魔女が見守っていた。
 やがて陽が落ち、辺りが暗くなる頃。黒い帽子を深く被った女がそこへやってくる。
「悪いけど、墓参りなら昼間にしてくれる? 夜は穢れの時間なんでね」
 魔女がそういうと、女は帽子を取る。無表情のまま、淡々と答える。
「死者ではなく、貴女に用があってきたのですよ」
 魔女はわざとらしくため息をついた。
「ギルドはいつから人形を使うようになったんだい?」
 ルーンフォークの女性は答えず、1枚の書状を魔女に手渡す。
「仕事の時間です。いつもの方達を集めていただけますか?」


 ◇


 事務所の入り口のドアを開けて入ってきた婦人の、真っ赤に泣きはらした顔を見て、その筆写官は内心またかと呟いた。呆れたわけではない。家族を殺されたので縁者に伝える手紙を書いてほしい……。そんな依頼が、今週だけですでに3件目である。
 手紙の文面を切々と伝える婦人は、こう呟いた。「町に住んでいたのに、獣に食い殺されるなんて」と。この言葉に筆写官はふと手を止め、顔を上げた。
 婦人が帰ったところで、筆写官は同僚に向かって声をかけた。「すみません、急用なので今日は帰ります」そういって、まるで少年のような姿のグラスランナーは突風のように事務所を出て行った。


 ◇


 彼女の裁縫の腕はいつでも引っ張りだこだ。聖職者といえど外に出向く時には色々な衣装を着て歩く。仕立て屋に頼むのが普通だが、長いこと袖を通していなかった礼服は、やれボタンが取れただのなんだの、トラブルがつきものだ。
 そんなわけで、今日も彼女はある司教の礼服の解れた裾を縫っていたところだった。そこに、同僚の神官がやってくる。
「悪いけど、その作業はもう終わりにしていいよ」
 どうして? と返すと、同僚は肩を竦めた。
「着る人間がいなくなっちまったからね。なんでも、自宅にいたはずなのに獣に食われたような傷痕があったとかなんとか」
 そこまで話したところで、窓をコンコンと叩く音がした。振り向いても誰もいない。しかし彼女は知っていた。窓を叩いたカラスと、その正体を。


 ◇


 街を遠く離れた北の山脈近く、いつもの日課で木に向かって斧を振るう一人の樵がいた。その体格は巨人と見紛うばかりに大きいが、れっきとした人間である。
 作業を一段落付け、汗を拭って空を仰いだところで、見覚えのある真っ黒い大きな烏が、くるりと空に輪を描いているのに気がつく。
「おやおや、魔女の招待状か。久しぶりに街に降りるのも悪くないかもしれん」
 そういうと男は口笛を一つ吹き、愛馬を呼び寄せた。


 ……が、しかし、そんなセッションがやりたくない人もいるだろう。そんな時は選択ルールを採用しなければいい。そう、このルール全体が選択ルールとなっているのも評価できる。不要であれば採用しないという選択肢が取れるからだ。しかも、そんなGMにとっても、このサプリメントは「世界観を知る一助となる」という点で、大きな意味を持つ。PC向けに一般技能ルールを採用しなかったとしても、世界を彩るNPCの設定として、これらの一般技能ルールを使用することには何の妨げもない。
 プレイヤーにとってはPCの設定の助けとなり、ロールプレイのガイドラインとなり、GMにとっては世界設定を知る材料となり、シナリオの素材としても使え、シティアドベンチャーを行う際のマスタリングの参考資料にもなる。これほど有用なソードワールドサプリメントが他にあっただろうか。しかも値段も安めだ。私の中では過去最高の1冊である。他がなくても基本ルールブックとこの1冊だけあれば十分だ。
 欲を言えばもっと早く(具体的には基本ルールブックの直後)出てほしかったが、私の中ではグラランズのリプレイで下がったソードワールドの評価を埋めて余りある、素晴らしいサプリメントだと思っている。言ってしまえば、あのグラランズの無法っぷりも「このサプリメントを採用した環境で、全員ギャングスタ技能を習得済みでした」という背景情報がつくなら、ロールプレイとして許容できるかもしれない。
 ただし……これだけ高く評価したサプリメントだが、2点ほど指摘したいことがある。
 1点目は重箱の隅つつきに近いが、この一般技能の説明にデミヒューマンの記載がもう少し欲しかった。特にタビットなどのラクシアオリジナル種族だ。ドワーフに鉱夫が多く、エルフに狩人が多いのは推測できる。では、普通のタビットはどういう職業についているのか? バシリスクはどうか? それが分かれば、世界設定をさらに深く知ることができるだろう。この点は今後のサポートに期待である。
 そしてもう1点は、些細な点ではない。なお、これから書くことに特定の職業を蔑視する意図はないことを、大事なことなのであらかじめ断っておきたい。一般技能に娼婦/男娼、高級娼婦/高級男娼という技能がある。これは、例えばテラ・ザ・ガンスリンガーでいうサルーンガールのような、もうちょっと婉曲的な表現にして欲しかった。題材がセンシティブだからである。ウォーハンマーのスラーネッシュやルーンクエストのユーレリアの扱いと同様だ。立場の強いプレイヤーが他プレイヤーに習得を強要するなど、マナーの悪いプレイヤーに悪用される可能性が否定できない。*1
 私なら、ハウスルールでこの一般技能は習得禁止にするだろう。私の中にこの一般技能を採用しないと書けないソードワールドの物語というのは存在しないし、仮にあったとしても、それはこの技能をあえて採用するリスクと見合わない。

*1:そんなことは万が一にも起きないだろうと思われるかもしれないが、某TRPGにおいては公式リプレイで起きたことがある。