先日のエントリの続きである。
実際のところ、CD&DとAD&Dにはどのような違いがあったのか。過去のエントリで触れたことがあるものを含め、私が読んだ範囲で違いを列挙してみよう。
・キャラクタークラスが増え、マルチクラスができるようになった
ルール面に関しては、プレイヤーにとってこれが最も大きな違いではないだろうか。CD&Dでは人間はファイター、クレリック、マジックユーザー、シーフの4つのクラスしか選択できなかったが、この他にバーバリアン、パラディン、ドルイド、バード等のクラスが追加され、選択肢が増えた。
また、複数のキャラクタークラスを兼務する、いわゆるマルチクラスができるようになった(この他にデュアルクラスというのもある)。
・デミヒューマンがキャラクタークラスとは別扱いになった
一見すると「?」となりそうだが、CD&Dはエルフやドワーフといったテミヒューマンは「クラス」扱いだった。エルフのファイターやドワーフのクレリックのような選択はできず、エルフ、ドワーフ、ハーフリングがそのままキャラクタークラスだったのだ。
これに対し、AD&Dでは種族とクラスは別扱いとなったため、エルフのマジックユーザーやドワーフのファイターというPCが作成可能になった。
・アライメントが3から9に増えた
ローフル、ニュートラル、カオティックというCD&Dのアライメントに対し、グッド、ニュートラル、イビルという別の軸が追加された。二つの組み合わせにより、アライメントの数は3から9に増えることになった。
・魔法使いが細分化された
マジックユーザーがウィザードというクラスになり、得意とする魔法の系統によってその種類が細分化されるようになった(幻術が得意ならイリュージョニストなど)。また細かいことだが、魔法の使用に呪文の書だけでなく触媒が必要になった。
・世界設定の違い
CD&DとAD&Dは、少なくとも日本語版の範囲においては世界設定が完全に異なっていた。CD&Dの公式背景世界は「ミスタラ」。AD&Dはグレイホーク、ドラゴンランス、フォーゴトンレルム(エベロンはまだない)。いずれかの背景世界でプレイしようとするなら、ルールの選択の余地はなかった。ルール面を除けば、これが両者の最大の違いだった。
しかし、背景世界はいずれもスタンダードなファンタジー世界であり、それぞれのルールでなければ再現できないようなものではない。ソードワールドのロードス島戦記用追加ルールのように、AD&D用のミスタラのサプリメント、CD&D用のフォーゴトンレルムのサプリメントが発売されていれば、ルールの垣根を越えてプレイすることは可能だったろう。
そして結局のところ、日本語版AD&Dの展開としては、背景世界のサプリメントは1冊も出ることがなかった。
・選択ルール
公式に喧伝されていた、そして当時ベテランダンジョンマスターが口を揃えて語っていたのがこれ、「選択ルールの多さ」である。
CD&Dにも選択ルールがないわけではない。例えばコンパニオンルールセットで追加された「ブラックジャック」という武器は、殴ることで相手を気絶判定に持っていける特殊な武器だ。あるいは、ベーシックルールセットではダガーしか持てなかったマジックユーザーが、スタッフやウィップを持てるようになるなど。これらのルールは「選択ルール」であり、採用するかどうかはそれぞれのダンジョンマスターの判断に任されていた。
AD&Dはその選択ルールの数が非常に多く、また範囲も広い。そしてその1つ1つについて、DMが採用の判断を行う必要がある。これは初心者には難しい。だから選択ルールが少ないCD&Dが入門用、AD&Dが上級者向け、とされていたのだ。
しかし、である。選択ルールを採用することが、果たしてセッションの面白さに寄与するのかどうか。例えばそれがカッコいい追加クラスだったらプレイヤーは追加を望むだろうが、屋外の移動スピードが地形効果によって変化するルールはどうだろう。このルールを採用することでセッションがどう面白くなるのか、未経験のDMが判断できるだろうか。
選択ルールが多くなりすぎることは、DMの負担だけでなくルールを覚えるプレイヤーにも、そしてバランス調整を行うクリエイターにとっても負担だ。公式シナリオを作ろうにも、一々選択ルールの適用について考慮しなければならない。
その後、多くの選択ルールの存在によって肥大化していったルールは、どんどん初心者向けから離れていった。D&Dしかこの世に存在しなかった頃ならいざ知らず、他のTRPGという選択肢も生まれた時代にあっては、AD&Dの選択ルールの多さはむしろデメリットになった。
だからこそ、メディアワークス版を手掛けたグループSNEは、AD&Dの存在をおくびにも出さなかった。彼らが展開したかったのはあくまでもCD&Dのミスタラ世界であって、AD&Dに移行する気がなかったからだろう。前回述べたように、本国では移行を推奨していたにもかかわらず、だ。そしてそれは、日本においては賢明な判断だったと思う。
そして、次なるD&Dの第三版、これはAD&Dの第三版にあたる。ルールの整理がなされ、使われることのなかった多くの選択ルールが見直された代わりに、戦闘特技や機会攻撃のルールなど、派手なルールが追加されていき、D&Dは復活を遂げたのである。
ちなみに、CD&Dは高レベルのルールセットになるにつれて、AD&Dに近づく形でルールが追加されていった。例えば、前述のキャラクタークラスだが、マスタールールセットで全ての選択ルールを採用した環境だと、PCのキャラクタークラスはファイター、パラディン(ファイターレベル9以上のバリエーション)、ナイト(同左)、アヴェンジャー(同左)、クレリック、ドルイド(クレリックレベル9以上のバリエーション)、マジックユーザー、シーフ、ミスティックと9つに拡張される。このうちミスティックというのは、いわゆる武道家である。しかし、本ルールの導入はレベル25と極めて遅いため、採用される頃には他のPCがとんでもなく強力になっており、バランスが取れるような存在ではなく、公式シナリオなどに登場したこともほぼない。
また、CD&DがAD&Dの下位互換だったかというと、そんなこともない。コンパニオンルールセットに掲載された領地運営ルールなどは、該当するルールがAD&Dには見当たらない。当初は入門用としてAD&Dまでの繋ぎのように見られていたCD&Dが、AD&Dとの差別化を図るために試行錯誤を繰り返していたのが見て取れる。
その集大成とでもいうべきなのが、ワールドガイドであるサプリメント、ガゼッタシリーズだったのだろう。ミスタラ世界の国々を一つ一つ紹介するサプリという体をとっていながら、実際には大半が1冊ごとにクラス追加、ルール追加というサプリになっており、全てのルールを採用すると、魔法使いが系統ごとに細分化され、ライフパス設定や一般技能ルール、マジックアイテム作成ルールなどを揃えた、ベーシックルールからは見違えるほどリッチなゲームに変貌する。
当時は、いわゆるルールを優先した第一世代のTRPGから、グローランサを擁するルーンクエストのような、世界設定を優先した第二世代のTRPGへの移行期だった。CD&Dのチャレンジもまた、そういったTRPG業界全体の推移を踏まえたものだったはずだ。だからこそ、その魅力が本格的に発揮される前に、日本語版の展開が終わってしまったのは不幸だったと思う。