ファンタジー世界と図書館


Role&Roll Vol.88

Role&Roll Vol.88


 ロール&ロールに毎号連載され、単行本にもなった「うちのファンタジー世界の考察」というコラムがある。科学知識や現代の常識に照らし合わせてファンタジー世界を考察し、それっぽい理屈をでっち上げるという、空想科学読本のファンタジー版のような記事である。*1ただ「そんなのはおかしい」と否定するだけの記事よりも、イラストつきで自分なりの解釈をそれっぽく説明しているのは面白いと、今号を読むまでは思っていた。
 しかし、今号の記事はちょっと酷い。

 ヨーロッパじゃ庶民が教育受けられるようになるのって近世(19c)になってからね。そんな世界で町に図書館造ったとて、誰が利用すんねん?

 要するに中世ヨーロッパ風世界に図書館があるってのは、シャーロックホームズ世界に飛行機が登場するくらいにムジュンしてるってコト。


 言うまでもなく、これは明白な間違いである。


 そもそも、図書館が存在するかどうかと市民の教育レベルはまったく関係がない。
 筆者は勘違いしておられるようだが、元々図書館とは「市民に図書を貸し出すため“だけ”の施設」ではない。それは「今の図書館」の「役割の一部」であり、本来の目的は「資料の収集、整理、保存を行うこと」である。それを市民に提供する=貸し出す役割は確かに近現代から新たに付け加わったものだが、蔵書を貸し出さないから図書館ではない、というのは不適切だ。
 世界最古の図書館と呼ばれるものは、紀元前7世紀に既に存在する。その事実は私も今回調べてみて初めて知ったのだが、そのことを知らずとも、仮にもファンタジーについて薀蓄を語るコラムを持つ人間が、世界史の時間に学校で普通に習うであろう「アレキサンドリア図書館」の存在すら知らないとしか思えない記事を掲載するのはちょっと、いやかなりどうかと思う。
 では、アレキサンドリア図書館以降、ルネッサンスまで図書館がまったく存在しなかったかというと、もちろん違う。ルネッサンス以前は教会が図書館を作り、資料を収集し保管していた。つまり図書館を誰が利用していたのかといえば、聖職者たちが利用していたのだ。


教会図書館


 だいたい、そういった施設が存在しなければ中世時代の資料は何も残ることなく、後世から見ると「何もかもわからない謎の時代」のままだったことだろう。

 もっと簡単に言おう。「中世に図書館は存在しない」というのなら、逆に「中世に実在した図書館」を1つでも挙げれば反証となり得る。以前、私は海外の古い図書館の写真を別のエントリでご紹介したことがある。これらこそが、存在しないと断じられた「中世の図書館」そのものだ(まず一枚目の写真からして「中世の図書館」である)。
 実に趣のある風景──そう、まさに「ファンタジー」だ。あの美しい風景を、事実誤認に基づく思い込みで「本来中世には存在しないのだから登場するのは間違い」と言って切り捨ててしまうのはあまりにも残念すぎる。
 私が危惧しているのは、この記事を読んだGMが「あ、ファンタジーRPGで図書館出すのは間違いなんだ」と思ってしまったり、あるいは逆にプレイヤーがシナリオ中に図書館を登場させたGMに向かって「ファンタジーRPGに図書館を登場させるのは間違いです!」と弾劾するような展開になることだ。


 中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に図書館が登場することは、なんら不自然でもなければ矛盾してもいない。


 もちろん──そもそも、仮に図書館の存在が中世に確認できなかったとしても、貴方のシナリオに図書館を登場させることは、なんら間違いではないことは言うまでもないことではあるのだが。(この話、続きます)

*1:間違いが存在するところまで似ているのもどうかと思うが……。