「サラモニスの秘密」と3回目の「ソーサリー」

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 ファイティング・ファンタジー・コレクションのスティーブジャクソン編が届いた。事前にわかっていたように、ソーサリー4部作プラス、初邦訳の「サラモニスの秘密」の5冊である。


(以下、本書のルール部分に関するネタバレがあるので折り畳む。最初の10パラグラフ分のストーリーについても軽く触れる)















 訳者の後書きを読むまで知らなかったが、長い間沈黙していたスティーブジャクソン氏は、一時期新作としてソーサリー2を発表するのではないかとも噂されていたらしい。
 実際のところ「サラモニスの秘密」は、そのタイトルのとおり舞台もソーサリーの舞台である旧世界のカーカバードではなく、アランシアのポート・ブラックサンドより上流に位置するサラモニスの町なので、ソーサリー2ではない。ただ、後書きで訳者が強調しているように、これまでのシリーズにはない野心的な取り組みが何点かある。
 1点が実質上の経験値システムだ。本作では名誉点と呼ばれるポイントがあり、名誉ある行動をとっていくとポイントが加算されていく。そして本書のとあるパラグラフまで到達すると。名誉点2点につき体力点・技術点・運点のいずれかを1点上昇させ、また原点まで回復することができる。
 ただしメタ的なことをいうと、このことは本書のルール部分には書かれていない。ルール部分には「名声と経験を表す」と曖昧なことしか書かれておらず、データ的な意味での成長に使えるというのは該当のパラグラフに到達しないとわからない。
 また、この他にもTRPGでいうところのスキルのようなものがいくつか存在する。キャラクターレコードシートには格闘・幸運・カリスマ・罠の知識・世界の知識・綴り魔法と6種類が存在するが、私自身が確認できたのはまだ最初の2つだけだ。格闘には2種類の能力があり、1つが「即死」。命中判定で6ゾロを出すと相手を即死させることができるという能力で、これはTRPG版にも存在した。そしてもう1つが「振り直し」で、不本意な目が出た時に、ダイスを振り直すことができる能力だ。ただし、2回目の出目はどんなに悪くても適用しなければならない。これら2つは3回まで使用することができる。
 しかし、とんでもないのがこの次の「幸運」の能力で、これを身につけると、運試しにおいてダイスを振ることなく、成功の結果を得ることができる。さらに通常の運試しと違い、運点を減らす必要がない。しかもこの能力、使用回数制限がない。あまりに強力なので訳者註で「作中使えるのは3回だけと限った方がいい」となっているが、それもむべなるかな。
 一人用ゲームブックなのでそれほどバランスに目くじらを立てる必要はないと思うが「運試しで常に成功、しかも使い放題」というのは、ファイティングファンタジーをやったことある人でやればヤバさがわかると思う。これは戦闘の運試しでは使えないとは書いてないので、命中判定で「自分の攻撃が命中した場合」と「相手の攻撃が命中した場合」の両方に常に使用することで、与ダメージを常に2倍、被ダメージを常に1/2にできる。実質的には、この能力を入手した後の敵の体力点は全て半分、自分の体力点は常に2倍になってるのと同じということになるので、さすがにバランスも何もなくなってしまう。
 とはいえ、訓練を重ねることによってキャラクターの能力に個性付けできるというのはいい試みだと思う。あとは、後書きやルール説明にはないが、盾を拾うと、攻撃を受けた際にD6を振り、6を振った時だけダメージを1軽減できるという効果がある。幸運の能力に比べるとさすがに見劣りするが……。

 作品自体は、最初読み始めた時かなり戸惑った。第1パラグラフに状況説明が全くなく「自分が何者なのか」「どういう状況にあるのか」が全くわからないところから始まるからだ。これは「モンスター誕生」のような、あるいは自分が記憶喪失か何かなのかと思ったら、これは一種の演出で、ちょっと進むと自分が何者で、どういう立場にあって、どういう状況に置かれているかというのはすぐに説明がある。
 さすがにソーサリー2というほどのボリュームはないけれども、新しい試みもある。細かいクエストをいくつもクリアして経験を積み、より難易度の高いクエストに挑戦するという意味ではTRPG的とも言えるし、コンピューターRPG的とも言えるかもしれない。他にも他作品で出てきた登場人物がゲスト的に名前が登場するなどは作者のサービス精神だろう。


 さて最後に、これが日本で3回目の翻訳出版となるソーサリーについて触れる。
 今回のソーサリーは、過去の創元推理文庫版、あるいは創土社版に比べ、特に魔法使いで明らかにプレイしにくくなったと感じるところが1つある。今回のソーサリーは、呪文の書が別冊扱いになっているのだ。
 ホームページには「今回原書どおりにした」と大書されているが、過去の翻訳の際に別冊ではなく各巻末につけることとしたのは、プレイアビリティを重視したからではないのだろうか。
 ゲームブックを読み進めるのに、ただでさえ進行中のパラグラフに指を挟み、片手にペンを持ってキャラクターレコードシートに情報を書きながら進めているところに、「開いている本を1回閉じ」「呪文の書を開け」「該当の呪文を探し、記述をあたり」「呪文の書を閉じ」「元の本を開き直して」「元のパラグラフに戻る」というのは手間な作業だ。だから、過去のソーサリーシリーズの翻訳版は、シリーズの全巻の巻末に呪文の書が付属していた。例え同じものを4回付属することになったとしても、だ。
 正直、今回分けたことによるメリットは全く思いつかなかった。はっきり言って、今回の版では戦士で進めた方がいいだろう。一々別冊の呪文の書を都度都度参照するのは面倒くさいからだ。
 
 ちなみに、同様にホームページには「ソーサリーの表紙には裏面があるのでそれも再現した」とあるが、これを読んで意味が分かる人はいるのだろうか。ボックスを開けて驚いたのだが、本書には何故か2枚ずつカバーが付属している。昔ライトノベルで「別々の絵柄のカバーが2枚付いてきて、好きな方を掛けることができる」というのがあったが、これはそうではない。「全く同じ絵柄の、右綴じバージョンと左綴じバージョンのカバー」が同封されてくるのだ。
 とはいえ、本書は右綴じ左開きなので、左綴じの表紙を掛けようがない。最初は落丁本か何かと思ったくらいである。これを望んでいるユーザーはいるのだろうか……。