ルールブックの裏側で


 で、どうして私がこの手の公式ストーリーの裏側とか補完をしていく物語が好きかといえば、これがとてもTRPG的、もっといえばTRPGのGM的な発想に近いからではないかという気がする。

 TRPGにおいては、ルールブックに書かれていることは動かせない。プレイヤーたちはルールブックに書かれていることをゲーム前知識としてセッションに臨む。しかしもちろん、公式設定をそのままなぞるだけのストーリーでは意外さも発展性もない物語になってしまう。かといって、公式の設定を全て無視して一からまったく関係のない物語を作ったのでは、プレイヤーの知識が全て無駄になる。
 プレイヤーたちの知識を生かしつつ意外性のある物語を作るには「ルールブックには○○と書かれているが、真相は××だったのだ!」とするのが一番わかりやすくて面白いのだ。
 トーキョーNOVAのスーパーシナリオサポート(SSS)や、ブレカナのSSSなどはこのオンパレードである。
 リプレイだと「アリアンロッドサガ・ブレイクシリーズ」が一番わかりやすくこれを実践している。「ファントムレイダーズの活躍によって事件は解決した。しかし彼らの存在は公に知られていないため人々には○○と語られている」というのがその定石だ。「生きている城」も「メルトランド滅亡の真相」も全てこれを踏襲している。



 最後にこの手法の欠点を。TRPGに限らないが、この「公式設定を補完する、その裏側を描く」という方法は、公式設定を知っていないと面白さが半減する。先に挙げた中では特に「これで最後の大遅刻」にその傾向が強い(美希が覚醒することそのものはニコマスを見ている人間なら大抵知っているが、イベントの詳細は実際にゲームをやっていないと知らないことが多いだろう。またこのイベントはゲームのかなり後半に登場する)。
 例えば、ストーリー系ニコマスMADの雄の一つである「3A07」などは、アイマスのストーリーや公式設定をほとんど知らなくても、登場人物の性格等をそれなりに把握していれば十分に楽しめる(その代わり公式のストーリーに頼るところがないため、大袈裟なことを言えば物語の構図そのものはあずさと小鳥の立場を入れ替えても成立しうる)。
 今回挙げたような「最後のところで公式設定に引っ掛けてくる」話は、物語の面白さの核をそこに拠っている場合が多く、知らないと「なんのことだかさっぱりわからん」となってしまう可能性があるのだ。


 それでも私は「俺は公式設定をこう解釈してみたぜー!」という動画が好きだし、これからもいろいろな人の「アイマス」を見ていきたいと思っている。