クリスタニアRPG (fukkan .com―ブッキングTRPGシリーズ)
- 作者: 水野良,グループSNE
- 出版社/メーカー: ブッキング
- 発売日: 2006/06/01
- メディア: 単行本
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というわけで、ロードス島戦記の話……ではなくて、その姉妹(後継)作品であるクリスタニアRPGの話をしようと思う。
クリスタニアについては前々から書きたい書きたいと思っていたものの、なかなかその機会に恵まれなかった。牽強付会は承知の上だが、この機会を逸すると本当に書く機会がなくなりそうなので。
最後のフォーセリア
クリスタニアは、私にとって、天羅やNOVAといった別格を除けば、今でも一番好きなTRPGの一つに入る。グループSNEの手がけたタイトルのなかでは、今なおダントツで気に入っているゲームだ。
一応、クリスタニア世界について説明しておこう。クリスタニアはロードス島戦記や(旧)ソードワールド(魔法戦士リウイ)のアレクラスト大陸と同じフォーセリア世界に属し、基本的な世界観を共有している。ゲームシステムとしては、ロードス島戦記コンパニオンにクリスタニア特有のヴァリアントルールを追加したような形である(後述)。残念ながら、ソードワールドとルール上の互換性はない(用語などは共通している部分もある)。
あと、これは声を大にして言いたいが、クリスタニアはフォーセリア世界を舞台にした作品群のなかで、もっとも未来の時代を扱っている。何年後の未来かは明言されていないが、登場人物の繋がりからいって、ロードス島戦記から数百年単位で未来のエピソードである。
漂流伝説 クリスタニア(1) 漂流伝説 クリスタニア (電撃文庫)
- 作者: 水野良
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
- 発売日: 2014/03/27
- メディア: Kindle版
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なぜソードワールドを選ばなかったか
さて、何故私はそんなクリスタニアというゲームが好きなのか。それは、中断している「コロコロ少年」のエントリにも関係がある。つまり「なぜソードワールドをプレイしなかったのか」と密接な繋がりがあるのだ。といっても、そんなに大層な理由ではない。「他のゲームではなくて、あえてソードワールドを遊ぶ理由」がなかったというだけだ。
前にも書いたことがあるが、ソードワールドはグループSNEが日本にTRPGを普及させるために注力したゲームである。彼らが目指したのは「わかりやすさ」だった。ソードワールドは欧米のファンタジーRPGを研究し、その最大公約数を目指してデザインされている。「ソードワールドだけにしかない、わかりにくい要素」は可能な限り排除された。代償として「ソードワールドといえば、これ」という要素は目立たなくなってしまった。あえていえばマルチクラス制は独自のものだが、それはあくまでもシステム面であって、世界設定から見た話ではない。
ロードス島戦記が発表された頃、日本では「一般的なファンタジー」はマイナーな存在だった。ロードス島戦記と続くソードワールドによって、それに一定のベクトルを持たせ、知名度を与えることに、水野氏とグループSNEは成功した。だが、それと同時に、彼らのゲームは個性の見えないゲームになった。それを目指して作られたのだから、当然の話ではあるが。
分かりやすさとオリジナリティ
昨日のTORGのエントリを見ても分かるように、オリジナリティと分かりやすさは、ある程度相反する要素である。「そのゲーム独自の何か」を盛り込めば盛り込むほどに、初心者には取っ付きにくくなる。古今東西、TRPGに限らず、どんなゲームもこの宿命からは逃れられない。
その観点からいうと、私が好きなNOVAや天羅、そしてブレカナといったゲームは、オリジナリティの側に少々偏っている。「ハイランダーとは何か」「ファンタスマとは何か」「ル=ティラエと陰陽師は何故宿敵同士なのか」。全て、初見のプレイヤーは説明されなければわからない事項である。
もちろん、これらのゲームはGMとプレイヤーに共有認識を作るため、細心の注意を払って作られている。ルールブックのレイアウトから配慮してデザインされているのだ。実際、社長が初心者とNOVAをプレイする時にどうやって説明するかなどの体験談を聞くと、実に興味深い。
しかしそれでも私は、NOVAや天羅を「初心者向け」とか「わかりやすいゲーム」だとは言えない。信者と言ってもいい私ですら、だ。その一見取っ付きにくい部分こそ、ハマれば無上の楽しさを演出してくれる部分であり、それを殺せば「角を矯めて牛を殺す」ことになってしまう。
では、クリスタニアはどうか。ソードワールドやロードス島戦記といった「普通のファンタジー」に、たった一つ「神獣」という要素を盛り込んだだけである。「ファンタジーは知っているがクリスタニアは知らない」という人にも、ただ「神獣」の説明をしさえすれば、クリスタニアは理解できる。
- アーティスト: ラジオ・サントラ,乾和代,西村智博,関俊彦,弥生みつき,石田彰,大谷育江,松本保典,緒方恵美,関智一
- 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
- 発売日: 1994/03/24
- メディア: CD
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実体験で言おう。コンベンションで「TRPGは知っているがNOVAや天羅は知らない」という人とセッションすると、世界観の説明に30分は優にかかる。もちろん、私の説明が拙いというのもあるだろうし、ぶっ続けで説明するわけではなく、キャラクター作成の合間合間を縫ってとかそういう形でだが。
それに対して、知り合いの弟で「クリスタニアを知らない」というプレイヤーとセッションした時、説明にかかった時間は約15分だった。
けものフレンズ(神)
「神獣」というアイデアのどこが凄いのか。「フォーセリア世界の新しい大陸に新しい神様を追加しました」というだけなら「ふーん」で終わってしまう。そこに「動物との組み合わせ」を持ってきたところが、当時の水野氏の、ワールドデザイナーとしての天才性を表していると思う。非常にイメージしやすいのだ。
「ラフォンテールという神様がいて〜〜」という説明ではプレイヤーが「???」となるところを「鹿の神様です。逃げ足が速いです」「ライオンの神様なので偉そうにしてます」「トラの神様は執念深いです」と言われると、すっと頭に入ってくる。銀色の狼が銀髪の美女に変身するシーンなど、ビジュアル的にも想起しやすいのは、さすがというしかない。
それでいて、基本はフォーセリアであるため、ソードワールドやロードスをプレイしていればほとんどの用語は耳馴染みのものだし、知らなくても普通のファンタジーの知識があれば過半は理解できる。
神獣はいてものけものはいない
典型的なのがキャラクター作成である。キャラクタークラスである「ウォリアー」や「ソーサラー」という名前は、ファンタジーを知っていれば聞き覚えのある人が多いだろう。しかし、それだけでは「どこかで見たようなゲーム」だ。
その「見覚えのあるキャラクタークラス」を縦軸にし「ビーストマスターとして自分が仕える神獣」を横軸として選ぶことで、その組み合わせによるキャラクター表現の幅が何倍にも増える。猛虎の部族のウォリアーと、銀狼の部族のウォリアーは、同じウォリアーでも全然異なるPCになるからだ。
そして大事なのが、単に種族を増やすというのと違い、神獣はそれに仕えるものにロールプレイの指針を与えてくれるということだ。ソードワールドでファイターとソーサラーとシーフをマルチしていても、どうやってPCをロールプレイしたらいいかさっぱりわからないが、「凶兆の大鴉」アルケナに仕えるレンジャーならば、自ずとどうロールプレイすればいいか見えてくる。
これは、個性を殺すことではない。公式リプレイにも、自分の承認の力を畏れるがゆえに謎めいた態度を取る「金色の獅子」ディレーオンの信徒がいるかと思えば、やたら大声で認印を乱発する信徒も登場した。それぞれビーストマスターのタレント(能力)を理解した上での個性であり、どちらも別に誤りではないのだ。
また、神獣の教えはロールプレイの指針であるがゆえに、対立する神獣同士のビーストマスターならば、PC同士も対立し得る。しかしそれは、プレイヤーの対立ではない。「神様がそういってるからしょうがない」のだ。実際、封印伝説のリプレイなどでも、リュース&リヴリアとネージュが対立していたりしたが、最後は神様が決めたこととして納得していた。
- 作者: 水野良,グループSNE
- 出版社/メーカー: メディアワークス
- 発売日: 1994/07
- メディア: 文庫
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もちろん、これはクリスタニアの専売特許ではない。恐らく、水野氏がそれより前にプレイしていた(小説も執筆している)ルーンクエストなどにインスパイアされたアイデアだろう。しかし、繰り返すが秀逸なのは、神々の設定を動物と組み合わせたことで、遥かにイメージしやすい存在として構築したことだった。
分かりやすさとオリジナリティという両立困難な命題を、天才的なアイデアを使ってまとめ上げた名作。ロードス島戦記やソードワールドRPGで培ったノウハウを生かし、欠けていた部分を独自の要素で補い、文句なしのオリジナル作品として昇華させた、水野氏のフォーセリア世界の最高傑作。これが、私のクリスタニアに対する評価である。
ただし……。
ああ、やはり語りたいことが多すぎて、とても一日ではまとまらなかった。続きは明日以降に。