DQXバージョン6の感想(ネタバレ折り畳み)


 今回はDQ10、バージョン6のストーリーの全面的なネタバレを含みますので、冒頭から折り畳みます。














 ドラクエ10バージョン6のストーリー進行が終わったので、ネットに上がっているストーリーの感想サイトなどを見るのを解禁したもの、あまり高い評価がされていないようだ。私自身もこのバージョン6を絶賛しようという気は全くないけれど、バージョン6まで来たプレイヤーなら、バージョン1から5を全てクリアしているわけで、私の評価としては、最悪だったバージョン3よりはマシという印象だった。個人的な評価の高さでいうと、2章、1章、5章、4章、6章、3章の順になるだろうか。

天使が狭量


 まずストーリーの感想で多かったのが、今回の全体的なストーリーの中心となる天使たちの態度が良くないというものだ。
 今回のシナリオの発端である「神化の儀」は、完全に天使側の事情によるものにもかかわらず、その天使の中でプレイヤーを悪し様に嘲ってきたり、不信を露わにするNPCが結構いる。しかも、ストーリーのきっかけとなるその「神化の儀」に対して、プレイヤーキャラクターはさしたるモチベーションを持っていない。天使側の都合でプレイヤーキャラクターを持ち上げたはいいものの、肝心の「何のために儀式を行わなければならないのか」がはっきりしないまま、ストーリーが進行してしまう。なので、そのあたりがモヤモヤするプレイヤーは多かったんじゃないだろうか。
 ただ個人的には、これもバージョン3よりはマシだと思う。この辺、ドラクエ10とは関係ないが、FEARの鈴吹社長がスモールトークで話していた。



 (埋め込み部分)動画は長いので要約すると、一旦プレイヤーがこのNPCを信用するような展開にしたのであれば、その感情を裏切ってはいけないし、逆に裏切るのであれば、あらかじめ信用できないという伏線を張っておくべき、という話だ。散々引き合いに出しているバージョン3はどうだったかというと、プレイヤーに対して龍族が信頼できない存在であるという伏線を張りまくっていながら、プレイヤーキャラクターにはその情報が開示されず、竜族がやろうとしていることに成り行きで手を貸す羽目になり、最後には邪神まで復活させてしまうというストーリーだ。プレイヤーに与えられている情報と、プレイヤーキャラクターに与えられている情報にねじれが発生しており、大きな違和感となっている。
 ところが、バージョン6の場合「天使が信用できない」のは、プレイヤーの目からもプレイヤーキャラクターの目からも明らかで、「協力はしているけれども、こいつら心の底から仲間じゃないな」というのは展開から察することができた。そういった意味でねじれは生じておらず、「天使全体は気に入らないけど、何人か信用できる人もいるので、まぁその人たちには協力しようか」というのであれば、竜族への対応の時よりは納得できた。
 そもそも、似たような構図でありながら、バージョン3は許せなかったのにバージョン6を許せた理由は、バージョン5で自分に確たる立場が与えられていたから、というのが大きい。
 バージョン3の時には、自分は「勇者の盟友」だけど「根無し草」で、アイデンティティもないままストーリーの進行に流されている感じが強かった。しかし、バージョン5で「自分は魔族たちによって選ばれた大魔王だ」というのがはっきりしているので、今回バージョン6で天使たちに小言を言われても「そんなこと言われても、オレは領地に帰れば自分の名前のついた城があって、仕えてくれている魔族たちがいるから、いざとなったらお前らと戦争になっても困らないんだよなぁ」と、一歩引いて広い心でいられるのだ(笑)。そう考えると、バージョン5のストーリーの「勇者の盟友にして大魔王」というのは本当に良いアイデアだった。

PCの動機づけが不十分

 もう1つがストーリーのモチベーションの話だ。またTRPGの話を引き合いに出してしまうが、6.0の展開は、前にブログで紹介したSW2.5の「魔域脱出」と同じ問題点を抱えている。要は、今回の物語は順序が間違っているのだ。
 6.0のストーリーは、乱暴に要約してしまうと「神様の座が空いているので、過去の各種族の偉大な英雄の魂を召喚して神様に祭り上げようとしたら、アストルティアを侵略しようとしている異星人に計画がバレてしまい、儀式そのものが汚染されてしまって、神様どころか世界に害為す邪神になってしまった」というのが大まかなストーリーだ。
 しかし、これは明らかに順序が逆だ。というのは、前項でも言ったとおり、ストーリー冒頭で各種族の神の座が空席だと言われても、プレイヤーキャラクターも(天使以外の)世界も別に何ら困っていない。だから天使たちがプレイヤーキャラクターたちに向かって「儀式に協力してくれ」と言ってきても、「いや、今別に困ってないし、そんな必要ないんじゃ」と思ってしまう。
 加えて、その儀式が敵に悪用されてひどい状況になったとなると、なおさら「お前らが余計なことしたからじゃん」という印象になるし、その解決を、散々悪態をついてきたプレイヤーキャラクターに頼み、エンディングでは「原因を作った上に解決もしなかった天使が、なぜか祝宴を開いている」となれば、プレイヤーたちも苦笑いするしかない。



 では、どうすれば良かったかというと、最初にストーリーの冒頭で「異星人が攻めてきて今の陣容ではどうしようもない」という世界情勢を描写した後「これは『神化の儀』を実行して、種族神を復活させないと敵に対抗できない」という状態でプレイヤーキャラクターに対して協力を求めてくるのであれば「それしかないならしょうがないよね」という話になる。ここの順序が逆になっているので、プレイヤーとしては納得感が低いのだ。

英雄たちの結末が雑


 次に、もう一つ評価が非常に低かったのが「登場した各種族の過去の英雄たちが、ストーリーの最後で脱落していくが、脱落のさせ方が非常に雑」という指摘が多かった。これもわかる。
 そもそも、今回祭り上げられた英雄たちは、遠い過去に様々な経緯で死んでいる英雄たちなわけで、それが存在したままの状態でストーリーが完結するかと言われると「あるべきものはあるべきところへ帰る」という意味で消えるしかないというのはわかる(フォスティルだけ残ったのは、彼の場合これまでの展開上「存在する」のが「あるべきところ」だからだ)。
 しかし納得しづらいのは、この英雄たち、全部で9人いるのだが、このうち3人は「伏線もなかったのに、ストーリー上のラストバトルが終わり、エンディングに入ってから消える」のだ。しかも、そのうち1人は「エンディング後のイベント戦闘で死ぬ」という展開。「そんなんだったら、事件がそもそも解決してないのにエンディングなんかに入らず、出てきたやつと普通に戦わせてから終わらせてくれ」と思ってしまう。
 これも見せ方の問題で、例えば「儀式が失敗して邪神として一度蘇ってしまった存在は、その後消滅するしかない」とでもしておけば、そういうものかと納得できたはずだ。実際のストーリーだと、彼らは自分たちが邪神と化して迷惑をかけた場所に、その後お詫び行脚をするわけだけど、それは時間制限付きの亡霊みたいな形で、プレイヤーキャラクターたちに一時的についてくるような形にして、「お詫びが終わったら消えるんだよ」というのを、バージョン6.4ぐらいで確定させておけば、あれだけ駆け込みで英雄たちを殺さなくてもよく、不評も買わずにすんだんじゃないかと思う。

ストーリー感想まとめ

 繰り返しになるが、個人的にはバージョン3よりはマシだったと思っている。それも、バージョン6.5後半、英雄たちが次々死んでいくシーンがなければ、さらにもうちょっと評価が高かったはずだ。天使たちのプレイヤーキャラクターに対する態度は、バージョン6のストーリーの根幹に関わる部分なので、なかなか変えるのは難しかっただろうけれど。
 ラストで主人公は神様にはなれなかったわけだが、それは当たり前の話。バージョン5で大魔王になっただけでもかなりの驚きだったし、その後のストーリーの整合性をつけるのが大変だろうと思うのに、大魔王にして神様です、なんてやったらバージョン7以降のストーリーが作れなくなってしまいそうだ。

よかったところ

 ストーリーについて散々言ってきたけれど、評価するポイントとして──これも何度も同じことを言っている気がするが──前回のバージョン5がストーリーは良かったものの、旅をするRPGとして考えると、舞台が魔界ということもあって楽しい気分になる風景が少なかったのに対し、今回は舞台が天界で、美しい風景が多く、移動していて楽しく、旅をしている気分が味わえた。
 RPGといえば、ストーリーの後半になると空中庭園とか浮遊城とか、そういう「空の上」に行くゲームも多いが、今回の天使のいる「天界」は、ドラクエ10においての「浮遊城」みたいな印象を受けた。さらに、マウントで空が飛べるようにもなったので、そういった意味でも綺麗な風景を存分に眺めることができた。まぁ、その大半の場所が、今後は行かない場所になってしまうのだろうな……というのは、これまでのストーリーと同じである。
 ただ、このマウントで空が飛べるというのは非常に便利なので、できれば新エリアだけではなく、既存エリアで問題ない場所もFF14のように空を飛べるようにしてもらえるとありがたいのだが……実装するのは大変なんだろうな。