TRPGと帝国・番外編1(後編)

ガープス魔法大全

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 そんななか、鬼面都市バドッカというサプリメントが発売された。これは表題のとおり、一つの町を解説したシティガイドであり、シナリオソース集であり、シナリオ集だ。
 私はこれを読んで、ようやくルナルのシナリオができると思った。なお、このシナリオ集にはサンプルキャラがいるのだが、どのようにシナリオの動機付けがされているかというと「ガヤン信者が神殿から依頼を受けてくる>家族/友達なので手伝ってあげる」という図式になっている(サンプルキャラを使わない時どうすればいいのかは書いていないが、たぶん友達だから助けるというスタンスだろう…)。

 ところが、サンプルシナリオをプレイしたら、プレイヤーが怒り出してしまった。プレイしたのは、三本目か四本目に掲載されていた推理物のシナリオである。


 概略を紹介しよう。
 PC1に相当するガヤンの神官に、殺人の濡れ衣が着せられる。濡れ衣を晴らさないと刑罰を受けるかバドッカを追放になるかどちらか、いずれにしても大変な苦境に立たされる(バドッカでキャンペーンをやろうとしているのであれば、追放は事実上のリタイアを意味する)。
 事件の経緯はこうだ。
 被害者はガヤンの神官である。ある朝、神殿の宿直で時間になっても起きてこない被害者を同僚の神官が起こしにいくと、部屋の中からPC1と被害者が口論する声が聞こえた。同僚は気づかって一旦自室に戻るが、いつまで経っても起きてこないので再度起こしにいくと、被害者が殺されていた、というものだ。
 猶予は(シナリオ上は)一週間。本来なら殺人の容疑者はすぐに捕縛なのだが、ガヤンの神官には身の潔白を証明するために一週間の猶予が与えられる慣例がある。町で情報収集をしても、人気のサーカスが来ている、とかその程度の情報しか得られない。
 

 あなたなら、誰を最初に疑うだろうか。
 そう、同僚のガヤンの神官であろう。そこまでは、シナリオの筋書きとプレイヤーたちの行動に違いはなかった。問題はここからである。
 同僚が嘘をついていると推測したPCは、同僚に向かって嘘感知(技能である)をしながら「被害者を殺したのはお前か?」と質問した。答えはNoで、しかも嘘感知にも引っかからなかった。同僚は被害者を殺害した犯人ではない。
 ここでシャストア(幻覚を司る神)の神官が「同僚は幻の音を聞かされていて、自分では嘘をついていると思っていないんじゃないのか?」と指摘した。
 で、ここでサンプルキャラクターの中には「過去に起こったことを映像として見ることができる」《過去知》という呪文の使い手がいるのだが、不運なことにPCの中にはそれがいなかった。ただ、シナリオにも「PCにいなかったらNPCに魔法を使わせて、過去に起こったことを知らせてもよい」と書かれているので、NPCが過去知の呪文を使って部屋の中で起きたことを確かめる。
 すると何と、PC1が被害者を刺し殺している映像が見えるのだ。
 NPCは「PC1が被害者を刺し殺している映像が見えた」と(本当のことを)いうのだが、当然PCは信用しない。そして「PC1を犯人にしようとするお前が真犯人だろう」と言い出した。このNPC、助っ人NPC(自作ではなく、れっきとしたシナリオに記載されているNPC)なので能力が高く、PCの嘘感知を弾いてしまったのも不幸だった。挙句PCたちはNPCに斬りかかって返り討ちに遭い、バッドエンドである(全員がバドッカ追放刑になった)。


 では、正解はどうだったのか。私はシナリオ終了後に説明した。
 同僚は嘘をついている。口論を聞いたというのは嘘だ。しかし真犯人ではなく、共犯者である。
 真犯人は、被害者の部屋の床に穴を開けて潜望鏡を通し、視界を確保しながら人形に《完全幻覚》の呪文を掛けてPC1に見せかけつつ、《念動》の呪文で人形を操作して被害者を刺殺した。過去知の呪文で見えたのはこの幻覚である。
 真犯人は、最近バドッカにやってきたからくり人形を使ったサーカスの一団のリーダーである。


 とここまで話したところで、プレイヤーが怒った。
 《念動》の呪文も《完全幻覚》の呪文も知らないし、効果も使用条件も知らないのにそんなトリックが見抜けるはずがあるか、というのだ。
 実は、基本ルールブックとルナルのルールブックを持っているのは私とシャストア神官のプレイヤーしかおらず、それに加えてガープスマジックを持っているのは私しかいなかった。プレイヤーは自分が覚えている呪文以外、効果などまったく把握していないわけである。しかも、真犯人は登場していない人物、というのだから、推理物のセオリーにも反している、と。
 さらに悪いことがある。猶予は一週間、これはガヤンの神官だけの特例とシナリオには書かれていた。ところが、PCには必ずガヤンの神官を入れろとは書いていなかったので、ガヤンの神官がいなかったのだ。代わりに濡れ衣はサリカ神の神官にかかり、特例はなく、猶予は二日間しか設けなかった(本当はそれすらも存在しないんだと思う)。それもプレイヤー達が焦った理由だろう。

TRPGに推理物は厳禁?!

 ここまでならば、ただの私の失敗談に過ぎない。

 どうしてわざわざこんな失敗談を書いたかと言えば、某所で「TRPGで推理物はどうなのか?」という言霊を拾ったからである(だから番外編なのだ)。
 上に挙げたルナルのエピソードで、一番困ったのは誰だろう? それはプレイヤーでなく、私である。推理物で推理が解けなくて困るのは、プレイヤーではなくマスターだ。それは何故か、理由は簡単だ。話が進まないからである。
 大袈裟な話をすれば、戦闘に負けても話は進む。上の例でそうなったように、バッドエンドになるだけだからだ。しかし、用意した謎が解けないままというのは話が完全に膠着する。プレイ時間は簡単に1時間も2時間も伸びてしまうし、その結果プレイヤーが納得のいく結果になることは極めて少ない。
 また、さらにもう一つ付け加えるなら、推理物はアンフェアだとも言えるかもしれない。なぜなら、それはPCのリソースではなく、プレイヤーの頭脳というリソースに頼っているからだ。PCがどんなに頭脳明晰でもプレイヤーが正解を思いつかない限り解決することはできないし、PCが蛮族という設定でもプレイヤーの頭脳が冴えていればあっさりと終わる。
 これは推理物だけではなく、ゲーム内パズルを使ったシナリオにも言える。使っているのはPCの頭脳ではない。プレイヤーの頭脳だ。プレイヤーが正解に辿りつかない限り永遠に終わらない。
 そして、マスターの独りよがりにならない推理物、パズルを作成するのは難しい。やったことのあるマスターはわかると思うが、どちらも「簡単すぎる」か「難しすぎる」どちらかになることが非常に多い。プレイヤーはマスターが考えているほど賢くないし、またマスターが考えているほど愚かでもない。

 TRPGはマスターとプレイヤーが協力して物語を作るゲームである。マスターはプレイヤーの前に立ちはだかる壁ではないし、そうであってはならない。意地悪なパズル、難しい推理はただの障害であって、協力し合って面白い物語を作るという目的に寄与しない。しかし簡単すぎるパズルや推理は興ざめするだけだろう。
 
 だから「原則として」推理物もゲーム内パズルも、TRPGでは「禁じ手」なのだ。


 もちろん例外はある。 
 推理物の場合は「推理能力がゲーム内のルールで担保されている場合」だ。「阿修羅システム」の「探偵物語」やトーキョーNOVAの「フェイト(探偵)」がこれに該当する。プレイヤーは行き詰まったらこの能力を使って状況を打破できる。マスターが苦し紛れの救済手段を用意するのと違い、能力を使うことは見せ場を用意することと同じだ。この場合は推理物をやっても、もちろん問題ない(肝心な場面でリソースを使いきることがないように、マスターはフォローすべきだが。それとなくではなく「まだ早い」などとはっきり断言してしまった方がいい)。
 パズルの場合、救済手段を用意すること(恐らくゲーム内のルールで「パズルを解く能力」が担保されているゲームはないはずだ)。例えば「○○分以内にこのパズルが解けなかったら、知力判定に成功してMPを20減らせば解けたことにしてよい」とか。
 経験から言えば、相当の自信がない限り(つまり、聞き覚えのあるパズルでない限り)十中八九プレイヤーは「○○分待たないで知力判定してもいいですか」と聞いてくる。一生懸命パズルを考えたマスターとしては大変寂しい気分になるが、プレイヤーはパズルをやるためにTRPGをやっているわけではないのだから。