楓というより……


 これ、楓というより、州光(2代目)に聞こえるわ……。



昨日の話の続き

 現金な話だが、ゲームの進め方が理解できるようになると、ゲームの印象も変わる。初日に「オブジェクトが少なくて寂しい」と書いてしまったが、このゲームは、クエストを受けたり進めたりしないと地図上にオブジェクトが表示されない。寂しいように見えたのは、ただ単に私が何のクエストも進行していなかったからだったようだ。

 特に私の印象が変わったのは、プレイ中にふと画面を主観っぽい視点に変えた時だった。



 目の前にある道は、現実世界で私の目の前にある道だ。さらにその向こうに見える川も、現実にある川だ。そのほとりに、現実には存在しない祠が鎮座している。
 この画面を見て、最初に私が抱いた「画面をクリックしてもう少し先に進ませろ」という思いは消えた。私が前に進むことで、私のPCも前に進む。私自身が進まない限り、私のPCは決して前に進まない。この没入感こそが位置情報ゲームの本質であり、醍醐味だと実感したからだ。
 ……ただし言うまでもないが、この状態のまま画面を見ながら公道を歩行するのは危険なのでやめた方がよい。

敵の心はわが心

 そして、システムとして面白かったのが「モンスターの心」システムである。これは、私にはDQXの達人のオーブの発展形に見えたのだが、ある人はFF8のジャンクションシステムと呼んでいて、それもまた一理あると思う。

 DQWでは、レベルアップによるステータスアップは微々たるものしかない。その代わり、モンスターの心を装備するキャパシティが増えていく。モンスターの心を装備することで、HPやMPが増えたり、力や素早さが上がったりするわけだ。中には「毎ターンMP回復」や「ヒャド効果アップ」のように、単純にステータスを上昇させる効果でないものも含まれている。これらを組み合わせることで、キャラをカスタマイズできるのだ。



 正直、これはうまいなと思った。このゲームは武具はガチャから手に入れるしかないので、課金者以外が武具の組み合わせで能力をカスタマイズするのは厳しい。これに対して、モンスターの心はガチャから入手するものではないから、課金か無課金かを問わず関与できる成長システムだ。
 単純なレベルアップシステムのみだと、早々にレベルキャップに達してやることがなくなる人が出るか、キャップを野放図に解放して数値がインフレするかだが、このモンスターの心システムでは「特定の状況にだけ強い」モンスターの心を登場させることで、キャップに達しているプレイヤーに対してもモチベーションを保てる。
 また、このモンスターの心にはレア度があるため、レア度の高い心を探すというやり込み要素もある。繰り返すが、これは課金とは切り離されているので、ガチャが引けないプレイヤーもレア度の高い心を探すという目標は失わない。お金があって時間がないプレイヤーは武具をガチャで引いてモンスターの心はそれなりで妥協し、時間があってお金がないプレイヤーは武具を変えられなくてもレアなモンスターの心を装備して武具の穴を埋められる。──もっとも、本当にやり込む人はどちらも妥協を許さなそうだが……。